2015年9月24日木曜日

「凡事徹底」

「フォルクスワーゲンの不正」という記事を読みながら、今までいったい何台の車に乗って来たかなぁ・・・などと思いを巡らせてみた。一番初めはトヨタのスプリンターだった。次が117クーペ。その次がカマロだったかもしれない。で、その車の思い出と重なる女性がすべて違っていることに気付いた。その次の車から現在まで、数々の車に重なるのは「カミさん」だから、ま、運転はぶれていない、という事でいいとするか。

車は結構好きだから、40才過ぎてからはほぼ3年ごとに替えて来たかもしれない。今の車はもう2年数か月たつのに走行キロは16,000キロ程度。若い頃は年に10,000キロ以下などという事はなかったのに、走らなくなったもんだ。以前、なかにし礼さんが「ポルシェも含め沢山乗って来たけどもう車なんていらないよ、タクシー代月50,000円使うのって大変だよ」てなことを言っていた。そんな気分になる日が来るのかなぁ・・・

で、そんな「なかにし礼」さんと先日久しぶりに電話で話すことが出来た。この春の大手術のあとから、一度も話してなかった。というか、状況が見えないので遠慮していたのだが、思い切ってSMSでメールを送ったらすぐ折り返し電話がかかってきた。お元気そうでよかった!とても暖かい想いに包まれた気分になり、一日ハッピーだったよ。不屈の闘士「なかにし礼」頑張れ!

で、俺の事もだれか、励ましてくれないかなぁ・・・(笑)。

今日は何曜日だっけ?と何度も聞いてしまうほど連休ボケだ。3日間休んだ。経営者にとって長すぎる連休は迷惑なだけなのだが、休めたスタッフもいたから良しとするか。なぜか祝日が多すぎる気がするのだが、年々増えていないか?錯覚しそうだ。

そして9月も終盤、秋の深まりが身近に迫り、衣替えももうすぐだ。国勢調査の用紙もまだ書いていない。寝ていても起きていても、歩いても走っても、同じように時間が流れていく。改めて「凡事徹底」を心に刻むこととしよう。

2015年9月15日火曜日

「やわらかな日差し」

「チャンスにノックは要らない訳ですから・・・」。ニュース番組のコメンテーターが言った一言、「チャンスにノックは要らない」、この言葉が妙に気に入って書き留めた。チャンス、そのチャンスに気づくこともなかなか難しいのだけれど。

さて、毎週花屋さんに替えてもらう今週の花の主役は「ひまわり」だ。夏の名残り、そんな気もする。大雨が通り過ぎたあとの東京は、まさに秋晴れ。日が落ちるのも早くなった。早く暗くなる季節が嫌いだ。若い時分、夜の店でピアノを弾いていた頃のことだが、世間の人々が家路に向かうのを斜に見ながら、夜の仕事場に向かっていた日々のイメージが甦ったりする。暗くなってから仕事に出かける・・・なんか寂しい気分だった。

あれから〇十年!!!
昼の仕事師となった藤原は日差しに感謝しながら生きている。前にも書いたが、日差しが大好きだ。水害被害に遭った地域の皆さんも、今日のようなやわらかな日差しを浴びてほしい。

水害被害のあった当日、被災地とそれほど遠くない「前橋市」で番組の収録をしていた。本番直前、モニタールームのチェック用画面の隣で、生々しいニュースが流れ続けていた。楽しい舞台を作り、お客様に楽しんでいただくための番組の隣で、緊急を告げる生々しい画面。笑う事も出来ない・・・

明日も、明後日も、このやわらかな日差しが、続いて欲しい。祈るような思いだ。

2015年9月8日火曜日

「櫂」

EUと難民の問題が毎日のようにクローズアップされている。現実的には、遠い地域での話なのだが・・・。これが受入国が「日本」だった場合、どういう社会現象が起きるのだろうか。今の日本で、「安保法案反対」「憲法違反」と叫ぶ人々は、日本に難民が押し寄せたとしたら、どう叫ぶのだろうか?

自国だけが平和ならいい、自国の平和のためにだけ憲法がある、というのだろうか・・・。その問題に関しては門外漢を決め込んでいるが、愛読している新聞は「読売」と「産経」と「日経」だ。どっち寄りかすぐに想像がつくというものだ。首相が大阪でテレビ出演していたら「国会軽視だ」とかみついていた野党の見慣れた議員がいた。「上げ足ばかり取ってんじゃないよお前!」と言いたくなる。

日常の生活の中にも、「批判的指摘」にエネルギーを消耗している人が結構いる。幸せを感じさせない「暗がりの占い師」が、人の幸せを説いているようなものだ。「反対」や「だめ」を叫ぶだけなら結構楽な作業だとおもう。それぞれの立場が違えば、見え方も考え方も違うのは当然だが・・・。

ま、文句ばっかり言ってるやつは、好きになれないということなのだが。じゃ「私なら責任をもってこうします」と己の責任論に触れてほしいね。

話は変わるが、
今日の昼飯はとても久しぶりに会社の近くの「牛舎」という店に行った。ここのマスターとも付き合いは長い。もうかれこれ20年ほど前、ラスベガスのあるホテルでばったり出会ったマスターだ。日本人がほとんど居ないあるホテルでばったり!出会ったのだ。確立としてはすごい話だ。そのマスターが実に若い。何でそんなに若いの?と聞いたら「これですよこれ!」と言って満面の笑みで小指を立てた。自己責任で完結!こういう生き方がいいよね。

「平和」と「自己責任」、「博愛」と「自己愛」、情報が氾濫する現代という「海」を漕いで行くのか、流れに身を任せるのか?俺か?漕ぐに決まっているじゃないの。で、その漕ぐ「櫂」は、どこにあるんだ?(笑)。