2017年4月28日金曜日

「出逢いと素敵な音楽に乾杯!

先日、我が家にお寿司屋さんが来て、ダイニングで握りずしを振る舞ってくれた。おやじは近所ですし店を営んでいたのだが高齢を理由に店じまいをした。それから奥さんの嘆きが始まる。「店を続けていればよかったとか、おれはもう駄目だ、愚痴ばっかりで嫌になる」。なるほどなるほど。

老人性鬱もあるとかで、たまに逢うといかにも生気がない。それでこうなる。「俺んちに来て握って食わせてよ!」。彼は入念に仕込みをして、奥さんと素材と道具一式をもって来てくれた。それも大量に。我が家は4人だったから、食いきれないと判断して知人に電話をするも急すぎてだめ。

一通り食べ終えた頃から、職人だった彼は何度も泣く。奥さんは藤原を「のりちゃん」と呼ぶのだが彼は「社長」とか「社長さん」とよぶ。「その呼び方やめてよ、町内会の仲間なんだから」というとまた泣く。どうやら「仲間でしょ」が涙のツボだったようだ。

娘が、彼が寿司を握っているかっこいい姿を写真に撮り、すぐ紙焼にして渡したら、また大泣き。道具をもってご夫婦を彼達の家まで送ると、エレベーターの中でも大泣き。でも、でもそんな彼が大好きだな。

同じ年配でも、今日は強烈なパワーを持った女性にあった。久しぶりだった。「なんであなたと親しくしているんでしょ、なんか縁があるのよね・・・」。猛烈な勢いでいま本が売れている小説家の「佐藤愛子」さんだ。周囲の人は「目指せ100万部です!」と。ニュース番組でも特集を組むし、週刊誌も特大特集を組むし、あっちでもこっちでも「佐藤愛子」を目にするし耳にするし、すごい勢い。

今日NHKに行くから、と今朝電話をいただいたので、局内の喫茶店で逢った。お元気だった。こっそり「そのパワーを少しください!」と念じたけどね(笑)。

さて、5月20日に三越劇場で開催される「純烈」のショーの構成演出をする。間に合っていない。5月2日にPVの監督をする。30日にロケハンをするからそれから画コンテを書く。もろもろ間に合っていない。スタッフ募集をしていたのだが明日ようやく最後の面接。これには結構パワーが必要だった。
5月1日にはケリをつけたい。

そうそう、昨日は久しぶりに「サーカス」のコンサートに行ってきた。コットンクラブ東京という会場だったが、彼らのコンサートに会場はぴったりのサイズかな。満足できるいい音楽を聴いた。

2017年4月14日金曜日

「木綿子という女の子と元漁師の父の物語」

社員のブログ読んで、ウルウルしてしまった。不思議な感情と懐かしさでだ。俺のツボを突くんじゃない!海老!

昨日、福岡の友人から久しぶりに電話があった。藤原が30歳ぐらいの時に出会った彼は、五島列島・福江島で漁師をしていた。今でも藤原を「あいしぇんしぇ(先生)」と呼ぶ。その時彼の娘は小学1.2年生で、真っ赤なランドセルを背負っていた。本当にチビちゃんだった。

その娘は今、福岡でバリバリ仕事をしているが、父である友人が電話口でこう言った。「木綿子が妊娠して今3か月、高齢出産だから無事育ってくれればいいけど」と。彼女が高齢出産?イメージが沸かない・・・

以前にも書いたことがあるが、名前の「木綿子」は女優の浜木綿子さんからとったものだ。父親が浜さんが大好きで、その名前を拝借してしまったのだ。

以前「浜さん」をインタビューロケした時、個人的なお願いとして、福岡の木綿子ちゃん宛のメッセージVを収録させてもらった。公私混同なのだが快く応じてくれた浜さん。

そのVTRがきっかけで浜木綿子さんと福岡の木綿子ちゃんは親しい関係になったらしい。7月に福岡の博多座で浜さん座長の公演があり、親子で楽屋に招待されたとのこと。昨日の電話の主題はその話だった。

「先生、手土産にいったい何を持って行ったらいいか・・・アドバイスして!」
「福岡のお菓子とか花とか当たり前だから、五島の名産なんかどう?五島出身です、なんて方が話題が広がるから五島をイメージする何かがいいよ、どうせ周りのみんなにあげるんだから」
「わかった、五島のイカの一夜干しにしよう!」

五島のイカの一夜干しなら、俺も欲しいよ!!!

人生という歩みの中で本当にたくさんの人々と出会ってきた。そして多くの良い人たちは、藤原の記憶と心のひだに、しっかりと刻まれている。

2017年4月7日金曜日

「24年目の道」

早いと思えばいいのか、まだ、と思えばいいのか、会社が24年目を迎えた。だが、炬燵の中で慣れないワープロを使って、会社設立の書類を作っていたのは確かに遠い記憶だ。まだ寒い時期だったんだろうな。そして登記したのが4月5日。

40歳を迎え、音楽を捨て、NHKの番組の手伝いみたいなことを始めてから2年目だったと思う。資金もなく、成功の見込みも読めず、危ない船出だったことは確かだ。思えばよく歩いてきたもんだ。

アズ クリエーションという社名にたどり着くまでに、結構時間を費やした。あれでもない、これでもない、それでもない・・・まてよ、俺は欲張りだ。《あ~ん》迄全部、50音でいえば《あ~ん》だが、アルファベット表記なら《A~Z》だ!こんな脈略で社名が決まることになる。

会社の作り方という本を片手に一人で全部やったっけ。設立資金は全部借金だった。有限会社でスタートしたのだが転機はすぐにやってくる。ある取引先に請求書を持参したら、担当者が「おーい、うちは有限会社と取引できるんだっけ?」と。この言葉が突き刺さる。

猛烈な勢いで株式会社に変更することとなった。法律が今とは違うので、それなりの資金が必要だったが一気にやり切った気がする。コンサート会場に並べられたアズからの祝い花の看板が、有限から株式になっていることを目にした時に、現実を実感したもんだっけ。

そんなこんなで24年目を迎えている。あまりにも紆余曲折がありすぎたが、それでも24年目を迎えている。この先、どんな人と出会い、どんな仲間と歩みを続けるのかと思うと、迂闊に言葉にできない気がする。

「年を重ねただけでは人は老いない 理想を失うときに初めて老いがくる」なんだそうだ。

2017年4月4日火曜日

「時代」

3年ぶりで整形外科へ行ってきた。左肩が痛みすぎるので久々に行ったのだが、レントゲンを撮ると、肩と腕の接着部分の骨の隙間がなく、内部で出血もしていたとか。注射をしばらく続けることになり、首の牽引、患部への電気治療&肩のマッサージというセットの治療が始まった。

以前、右肩も同じ現象が起き、ペンも握れないぐらい痛みがきてから病院に行ったので、今回の左肩はそれほどでもない・・・と2年間ほど我慢してしまった。当然もっと早く来い!と言われる。先生曰く、「首も肩も回らなくなっちゃうよ!」だと。

運動しろ、とも言われるのだが、日常生活に無い動きだと、つい忘れてしまう。本来運動嫌いなのだ。だが、体がギシギシ言い始めていることを実感せずにはいられない。俺が歳をとったのではない。身体が勝手に歳をとっているのだ、と屁理屈を並べても行動は遅くなるばかり!(笑)

昨日の夜、サンクトペテルブルクの地下鉄爆発事件のニュースを見て、ペテルブルクの友人にメールをしようとPCを開けたら、すでに「私は無事です」とメールが来ていた。よかった。つい先ごろは息子の居るイギリスでテロ、今度はロシアもか、という感じ。平和ボケしてはいられない時代が、ついそこまで来ている、ということだな。

さっき新聞で、テスラという電気自動車の会社の株がフォードを抜いた、という記事を目にした。
そこで再び思ったのが、本当にいい時代を生きてきということだ。食べ物がない、とか、情報がない、という時代の工夫や知恵。汚いとか不衛生で得た耐菌性(笑)。社会の全体的な貧乏が生んだ食欲、物欲、出世欲。海の上に橋が架かる新しい風景、すべてが自動に変わる「便利」という「不便」。それもこれもほとんど「無」という現実からスタートして「溢れている」という現実までを体験できたのだ。

俺の記憶にある最初の車は、お隣のプロパンガスと醤油屋を営んでいる家の車で、親父さんがエンジンをかけるために金属棒をぐるぐる回している車だ。スターターの無い時代だな。それが電気自動車だと。写真はフィルムが一番!と言い張っていた時代は遠くなりにけり、だ。時代は回らず、一直線に進むのか?



2017年3月14日火曜日

「いいかげんでございます」

つい先日、コンサートライブ会場で「藤原さ~ん」と声を掛けられた。マスクをしていたから、それでも藤原がわかるご婦人は相当の知人なはず・・・「父が亡くなってからなかなかお目にかかることもなく・・・」とにこやかに話しかけられたのだ。

その直前に、受付で見知った顔の女性に声を掛けられたばかり。こちらの方は知っている顔だったが、何のタイミングで出会ったのか思い出せなかった。「あ~そうなんだ」とか曖昧な相槌を打ってかわした直後だったものだからびっくり。

「今日は珍しい人と会う日だなぁ・・・」とにこやかに答えてみたものの全く思い出せない。本当に思い出せないのだ。客席に座ってから頭の中でパズルを紐解くように記憶を辿る。

思い出せない女性はどうやらスタッフのようだった。決して若くはないから、「亡くなった父」というのは相当な年齢なはずだ。スタッフだということは音楽業界関係者だ・・・一曲目が始まり二曲目が終わり・・・だが頭の中ではずっと記憶を辿っている。

レコード会社の関係者かな、作詞家?作曲家?あの顔は見おぼえないよなぁ・・・てな具合。あと2曲、となったあたりにはかなり焦る。会場を出る前に思い出さなきゃ!出口あたりにまた彼女が居たら困ったな、てな具合に(苦笑)会わずに済んだ!

しかし、今考えてもどこで出会ったのか思い出せない。名前を名乗ってほしかったな。そうしたら自分の記憶力をこんなに悩まないで済むのに。

でも、昔からそうだったよ。覚えようというスイッチを入れておかないと、まったく記憶に残らないのだ。つまんないことはよく覚えていたりするのにね。厄介なことだ。それにしても、彼女は誰の娘でいつの時代にどこで出会ったのだろう・・・いかにも親しそうに声を掛けてくれたよなぁ・・・

2017年3月9日木曜日

「トラブル納め」

旅の1日目。
機体の空調が故障とのことで一時間半ほど機内で待たされた。結局その機体で出発。到着空港で待ちくたびれたであろう顔見知りのガイドから翌日の列車の切符をゲット。ホテルに向かう。ところが、予約されていないというのだ。いつもはどこに行っても身振り手振りと片言英語で解決するのだが込み入った話になるのでちんぷんかんぷん。結局現場で部屋を取り直してチェックイン。だが納得いかないのでその場で「ちょっと待て」と合図してBooking.comに電話。

やり取りが続くのだが、おかげでチェックインカウンターで3,40分。なんだ今日という日は!

旅の2日目。
一泊でその街を離れ、高速列車で次の目的地に向かう。30分ほど走ったところで浅い眠りから目を覚ますと何やら列車は止まったまま。どうやら前を行く列車の事故らしい。ふてくされて目を閉じる。結局一時間半程度の行程が三時間弱。昨日からいったいどうしたの、てな気になる。

2日目のホテルのチェックインカウンター、前日のトラブルが頭をよぎるがここではちゃんと予約ができていた。「デポジット」というからカードを出したら、今度は「このカードは認識できない」という。なんで?今朝チェックアウトしたときこのカードを使ったばかりなのに!と思うのだがなんと言っていいかわからないので別なカードで処理。なんなんだ今回の旅は、てな気になる。

おまけが。上手な日本語で「スイマセン、タバコスイマスカ」と聞くから即座に「スイマセン」と答えたら何やら妙な反応が。すかさず「No Smoking」と答える。「スイマセン」と言わないで「スミマセン」と言えよ!

他にもあったよ。乗ったタクシーの運転手がふてくされた男で、駅についてトランクから荷物を出したら、トランクを閉める前に走り去り、トランクは開いたまま。どこか俺の視線から消えたところで止まって、ぶつぶつ言いながらトランクを閉めたんだろうな。馬鹿なやつ(笑)

3泊4日の旅。今回は大したことはないがトラブル続きだったのでいろいろ神経を使った。いちいち財布を確認したりパスポートを確認したり。だが、こうも思ったね。会社のトラブルが続いたから、この旅でトラブル納めだ!とね。そうなりますように。

2017年3月2日木曜日

「田中先生様」

最近のことだが、ある料理屋さんのカウンターで飲んでいた時の事。「藤原さん、ため息が・・・」。ため息が激しいと言いたかったようだ。「先日なんか声を掛けるのもはばかられる様な雰囲気で、家内と心配していました・・・」。なそうだ。

この状態が長く続き過ぎているので今日は友人の病院へ行ってきた。「この治療、僕は初めてですから迷ったんですが、文献やガイドラインを調べて、パパには大丈夫だと思いましたから用意しておきました」というような会話があり、治療を受けてきた。「よし、これで大丈夫だ!」と思いたいところだ。

以前は、仕事のストレスは大量の血尿という形で現れた。出血多量?と驚くほどの血尿で、これは経験した人でないとわからないな。何度もあった。医者に行っても解決しなかったのだが、当時、赤坂の店のママの一言で、恐れは消えた。「血尿なんて社長業やっていれば当たり前のことよ。みんな通る道よ」ってなことを言われたんだっけな。あの一言が素晴らしい治療薬だった。 

最近、血尿に至ることはなくなった。血の気が足りないだけか?

そうこうしているうちに3月だよ。早いね。12月に生まれた孫はもうすぐ3か月になる。あの小さな赤ちゃんがね、よく笑うようになった。昨日は444にも笑顔があった。藤原がため息をつこうがつくまいが、周りには笑顔がいっぱい。いいね。

今日は田中先生の治療も受けたし、なんか元気になってきた気がするぜ。田中ちゃん、3月中に飲もうね。田中先生様、って気分になってきたよ。    

2017年2月24日金曜日

「船村先生とのお別れの日」

作曲家、船村徹先生の通夜式が一昨日、昨日が告別式だった。通夜式の日は朝10時にお寺に出向いた。昨日の告別式は朝9時。寒い2日間だったが無事終えた。

記録映像と会場の外に出す映像の担当だったため、映像技術8人とともに狭いコンクリートの部屋に居たから、本当に寒かった。コートやマフラーで会場の中を歩く訳にもいかず、久しぶりで芯から冷えた、という感じかな。

通夜の日は、夜まで何度も隙間の時間があったから、時々車に戻り読書。文庫本を持って行ってよかった。読んでいたのは井上靖の「しろばんば」。いつ買い求めたのか記憶にないのだが、ベットの脇にあったからこのところ就寝前に少しずつ読んでいる小説だ。登場人物の洪作少年の感受性や、大人びた観察力の表現に、妙に心惹かれる。

昔読んだ、住井すゑの「橋のない川」を読んでいるときの感覚に似ているなぁ・・・などと思うのである。あれも主人公は子供だった。(洪作少年はいい所の子供だけどね)

しかし、「しろばんば」を読み終えるには時間がかかる。ベットに入ってから読むものだから、読書は長くても一時間、そして小説は長い!(苦笑)

夕食時に新聞を読んでいない場合、たいていはベットに入ってから新聞を読む。新聞で終わる場合がほとんどで、夕食時に新聞を読んだ時だけ小説に手が伸びる。それも時々。だがこの小説は久しぶりに読んでも、それまでのストーリーをよく覚えているのだから不思議。

たいていの本は、ここ読んだっけかなぁ・・・という感じだから。

今日は何を書きかかったか定かではないが、船村先生の通夜という記憶に残る日に、この本を読んでいたんだということを書き留めたかったのかなぁ・・・かな。



2017年2月20日月曜日

「神社巡り」

16日の伊賀市の収録の後、伊勢神宮の外宮、内宮、ついでに猿田彦神社と久々に神社詣でをしてきた。昨年からあまりにも難儀な局面が多すぎて、神頼みの気持ちも無かったとは言えないが、なぜか無性に伊勢神宮に寄りたかったのだ。

外宮から回るのが常識なそうだが、そんなことはついぞ忘れて、伊勢市駅の前が外宮だったものだから外宮へ。おや?あの有名な「橋」がないぞ!?(ここでまだ外宮と内宮を理解していない)前回は観光バスで行ったものだから、土地勘も曖昧・・・すぐに気が付いたけどね。(なんだ、あの橋は内宮か・・・)

猿田彦神社では絵馬を買い求め願掛け?絵馬に張る保護シールなるものの存在を始めて知った。絵馬に願い事、なんて初めてかも。記憶にないな。

16日に話は戻るが、収録後携帯を点検すると「緊急」という文字のメールが。最近ネガティブな藤原は「また、何かあったわけ?・・・」みたいな負のエネルギーで物事を捉えてしまう。「9時40分ごろ電話に出てください」、とも書いてあった。益々嫌な予感・・・

話は別な意味でよくない情報だった。「まだ公表されていませんが船村先生が亡くなられたようです」。ひと月前、文化勲章受章パーティーをやったばかりなのに。

神社巡りを始めた頃からいろいろ電話が入る。通夜、葬儀の日時、記録映像が必要、今から手配できるか・・・18日が現地下見だが来られるか・・・

18日は急すぎて行けなかったから、さっきお寺の下見に行ってきた。会場外に映像を出すモニターも今、手配できた。カメラチームと予算の話もできた。土、日を挟んでしまったものだから、一度は「無理」という言葉が過ぎったのだが。

船村先生には番組でも大変お世話になった。お手伝いできるのはこれが最後になる。そう、「亡くなる」ということは「無くなる」ということなのだ。15日の夜にも親しい友人の訃報を聞いたばかりだった。こんな時、せめて神社巡りが出来て、良かった・・・

2017年2月6日月曜日

「笑いで始まる一日」

今朝、洗車のためガソリンスタンドに寄った。いつもの見慣れた女の子が「パパも洗いますか?」と聞いてくるから「え!?俺も洗うの?」というちぐはぐな会話になり・・・「中も洗いますかって・・・」と言った瞬間から彼女はよだれをたらさんばかりに笑った。

近所の美容院やその辺の店で俺を「パパ」と呼ぶ人がいるから、その延長線上にあったのだけれど、いきなり若い女の子から「パパも洗いますか?」なんてねぇ。洗って!!!

この土日は結構ゆっくりできた。昨日は少しだけ打ち合わせで出かけたのだが、出かけた先の事務所の社長がこれまた若い!女性。電話で話しているときはまだ慣れないお嬢さんかな?などと想像して出かけたのだがなんとまたかわいらしい顔をしたしっかり者。社長業14年目と聞いてまたびっくり。我が家のまだ20代の娘にこの話をしたら一言・・・「負けた!」。

先日、イギリスの大学院で、本人にとって未知の世界であるはずのビジネス専門コースでマネジメントを学んでいるらしい息子から、メールで「社長業」についての質問があった。昨日お目にかかった彼女に聞け!と言ってやりたいね(笑)

そんなこんなで2月だよ。今月も番組では無いお手伝いが続く。明日、明後日はある人の「お別れの会」の手伝いだ。撮影もするが某有名歌手が「献歌」をするらしく、前日リハーサルもある。頼まれれば二つ返事で引き受けてしまうが、大した売り上げになる仕事でもないから、一人でコツコツやることになる。いい人なんだよなぁ俺は・・・きっと。(苦笑)

ま、今朝一番、大笑いができたから、今日は良い一日であると信じよう。

2017年1月26日木曜日

「一月のスピード」

しばらくブログから離れているな、とは思っていたが、まさかこんなに日が過ぎていたとは。18日に船村徹文化勲章祝賀会の仕事を終え、翌19日は徳島県の鳴門市で番組収録だった。20日に帰ってきたのだがスタッフ一人インフルエンザでダウン。その余波で、土日の無い作業に突入、あぁなんていうことだこの余裕のなさ。

でも15日の日曜日には国立西洋美術館で開催されていたクラーナハ展に出向き、束の間絵画を楽しんだ。クラーナハ?何点かは写真で見た記憶があるが、名前も覚えられないね。前にも書いたが、画は好きか嫌いかが価値基準。美術館のあと、のんびりすればいいのに会社に直行、そろそろ休憩したい。

なんでブログに日付を書き入れているかって?すぐ忘れるからだ。

いい話もある。病で無菌室に入っているという知人に先日携帯メールを送った。きっと届くことはないだろうと思いながら「Happy Birthday」と送ったら、「ありがとうございます!」と返信が来たのだ。な、なんと携帯が手元にあるのか!?。でもすごくうれしかったね。職場の同僚にその事実を伝えるために電話したら「パソコンの上に置いてあったお守り、藤原さんですよね、先日机周りのものをまとめて病院に送ったとき、一緒に送りました」  ・・・ ・・・

そんこんなで1月も最終週だ。今度の週末こそ休めるのか?

で、明日の午前中は病院。高速を使って片道一時間強の高尾市の病院まで行く。その病院は老人専門病院で一般の外来患者はほとんどいないと思う。受付に行って院長を呼び出すのだ(笑)そして、あの薬をくれ、その薬も欲しい、血液検査も久しぶりだからみんな調べるか、と院長に俺が言う。

なんと偉そうな患者。でも親しいお医者様がいるのは良い。田中ちゃん、明日よろしくね!

2017年1月8日日曜日

「なにがめでたい」

「事実」と「現実」しかない。「悩んで解決することはなに何もない」。そう言ってやりたい奴が二人いる。自分と我が息子だ。

今朝新聞を広げたら、大きな活字で「佐藤愛子 90歳 なにがめでたい」という文言があった。エッセイ集の広告だった。先生、頑張るね・・・昨日先生からの年賀状を目にしたばかりだが「今年はゆっくり会いましょう、前回はあわただしかったから」と一筆添えられていた。佐藤先生は93歳だ。暖かくなったら、今年こそお目にかかろう、ゆっくりと。

実は今年届いた年賀状、ほとんど目を通していない。会社の机に積み上げたまま・・・あしたゆっくり目を通そう。今までの人生を思い起こしながら。

さて今日の日曜日は休むと決めたから自宅にいる。絵画展か花の展覧会に誘われたが今日はやめ。なぜ?寒いし雨だし(笑)

佐藤愛子さんの話に戻そう。先生との出会いは藤原がまだ30代だった頃。小田急デパート友の会主催のトークショーが定期的にあって、そこの司会者が藤原で佐藤先生はトークゲストだった。トークショーが終わったあと、今までのトークショーで、話しやすかったのはうつみ宮土理さんと藤原さんだわ、などと持ち上げられそれから細く長いお付き合いが続いている。やっぱり今年は逢っておこう。やっぱり。

18日は船村徹文化勲章授賞式パーティーがあり、パーティーの制作スタッフとして参加している。ここでしばらくぶりで北島さんにも会える。佐藤さんといい、北島さんといい、自分の人生を振り返るには十分な年月を関わってこられたと思う。

今日の雨、乾燥しきった空気と大地のためには、いいね。

2017年1月7日土曜日

「悩める者たちよ!怯むな!」

正直を言うと、まるで悪夢のような3か月間だった気がする。やることなすことマイナス作用が働いてまるで神様の悪戯か、と思うほど。以前にも困難は沢山あったはずなのだが、気力と体力の変化が、尚一層気持ちを締め付けるのかもしれない。

俺って、こんなに軟だったかなぁ・・・

ま、よからぬ結果は出てしまった。出たものは仕方がない。嘆いても仕方がない。ほらほら、だんだん気持ちが切り替わってきたぞ!

昨日、友人から「藤原さんお疲れのようですね」とメールが来た。「お孫さんをだいて抱いて日向ぼっこをすれば、元気になりますよ・・・」だと。俺は爺さんか!で、今朝そのメールを思い出して、孫を抱かせてもらった。そうだな、一瞬仕事を忘れられる瞬間だった。

そうそう昨日は強烈な二日酔い。朝も昼もまだ酔っていたし、さすが早々と退社して家に帰ってダウン。飲んだ5日の夜は風邪気味だったし極度に疲れていたから、日本酒2合でやめようと思いながら飲み始めた。しかし、まだまだ修行が足らないね。落ち込んでる風に思われたくないから、付き合いで焼酎を飲み始め、結果一人でデカ瓶1本、二人で2本飲んだはずだから。ずっとロックでね。途中から水割りにすればよかった(苦笑)きっと強気で陽気だったはずだよ。

どうやって帰ってきたのかよくわからない。だが、朝台所がご飯粒だらけだったといわれた。どうも電気釜に顔を突っ込んで飯を食ったらしい。全然記憶がない。かわいいね、俺って。

自分の欠点はそれなりに理解している。長所だろうと思える点もなんとなくわかる。ほかに自分を理解できていない点があるのだろうか?それがきっとあるんだろうな幾つになっても・・・

韓国の少女像問題のように、立場や環境が違えば、同じ問題が正反対の思惑となったりする。悩める者たちよ、俺に続け!(笑)

2017年1月5日木曜日

「年の初めに思うこと」

家族に「おめでとう!」と声をかけられて、新年を迎えたことをベットの中で知った。病で伏せていたわけではない。なぜか疲れ果てていて、一寸一休み程度の気分で10時ごろにベットイン。そのまま熟睡。もの心ついてからの人生で、年越しの瞬間をベットの中で迎えたという記憶がない・・・

そして昨日4日が仕事始め。5日の今日は収録でスタッフは全員スタジオだ。藤原は明日の会議用の構成案を今日中に作成しなくてはならないので、朝出演者に挨拶をしただけで会社で作業。作業・・・するつもりなのだがなかなか身が入らない。なんで~

初詣は例年のごとく近所の氏神様へ。そして何十年ぶりかで明治神宮にも参拝した。明治神宮はいつ行ったかも忘れるほど遠い記憶なのだが、なぜか込み合う明治神宮へ。やはり元日はすごい人出だった。ここでお守りを買った。病で寝込んでいる知人がいる。どうしても彼のためにお守りが欲しかったのだ。昨日年始回りのついでに、机のパソコン上に置いてきた。どうか一日も早く治癒しますように!

さて、ストレス食いをしているようなこんな時は、良書に触れるのが良い、と思ってベットに入りページをめくるのだがなかなか・・・元日の夜なんぞ、初夢を見るのが嫌で薬を飲んで寝た!(笑)

時間は楽しく過ごそうがイライラして過ごそうが、普通に過ぎていく。今年の抱負?う~ん、「爆発だ!」・・・意味不明(笑) 俺らしく、そして俺らしくなく、山坂超えるのかね、今年は。

2016年12月25日日曜日

「今日はクリスマス」

昨日のイヴの渋谷公園通りの人込みは本当にすごかった。明治神宮の初詣の列のごとく、信号もなかなか渡れない。青のイルミネーションは会社の帰りなどに毎日観ているから、綺麗だなとは思っていたのだが、そんなに評判になっていたなんて。今夜もきっと込むんだろうな。

「青の洞窟」と呼ばれていることを今日知った。人工雪も降らせるんだそうだ。場所が近すぎることと、一緒に見物する相手の居ないことが問題なんだな(苦笑)。何よりも、人込みが苦手だからだけど。

夕べ何年振りかで精神安定剤を服用した。ここ数年服用していない睡眠導入剤を探していたのだが「飲まない」と決めたときすべて処分してしまったらしい。薬用の引き出しに昔飲んでいた安定剤を見つけたものだからこれでもいいや、てな感じで飲んだのだが、薬にも服用期限がある。何年前に処方された薬?と疑問を持った時はすでに薬は胃袋の中!ま、生きてるし(笑)

そして今日はクリスマス。昨日のイヴも身の回りは静かなものだった。娘が出産したばかりだから、それどころではない感じなのだが、クリスマスプレゼント、クリスマスケーキ、クリスマスツリー、玄関前のクリスマスイルミネーション、すべて過去のイベントになった感じかな。

子供たちが子供だった頃は、結構派手に玄関回りに電飾を飾り、近所からも毎年楽しみにされていたのだが、一度やめると復活にかなりの労力をイメージしてしまう。今年は心理的余裕がなかったせいもあるが、来年は復活させようかな・・・自分のためにもね。

先日何かの雑誌に、歳をとったと感じる行動に「マメに洗車をしなくなる」というものがあった。事実だ。あれだけマメに洗車していたのに、いつも先延ばし。今日もスタンドに寄ろうと思っていたのに、明日でいいか・・・この繰り返し。午後、雨が降ることがわかっていても洗車に行っていた人だったのにねぇ。

さて、今日は会社に来たくなかったのだが、スタッフが働いていると思うとついつい来てしまった。社員にとってそれがいいのかどうかわからないが、当たり前のように出社してしまう・・・

さっきデパートの外商さんから電話。「年末に切れてしまうポイントがあります」。買い物・・・面倒なんだよなぁ今の俺。小さな神様、笑顔をください!

2016年12月23日金曜日

「もういくつ寝るとお正月」

どこから手を付けていいんだか、こんがらかる心。久々困難が直球でやってきた~てな感じかね。会社は来年25年目を迎える。よくやってきたな、という思いと、まだやるのかな、という思いが行ったり来たり。

今日久々に会社のベランダの花を植え替えた。一部枯れていたのは認識していたのだが気持ちが花に向かわない・・・久々だねこの感覚。思いっきり無駄銭を使いたい気分なのだが、物欲は無いし、性欲もない(笑)。

そう言えば、ふた月ほど前、仲のいい民放の若いプロデューサーと飲んだ時、こんな事を言っていた。僕は物欲もなければ性欲もない、食欲もない(本当に食わないのだ、キウリとセロリだけのような)、酒さえ飲んでればいいんです・・・人生を捨てているようなことを言いながら藤原としこたま飲んだのだが、今、無菌室に入院している。面会謝絶。藤原がいいやつだな、好きだな、と思う人はどこか変わっている。彼には早く回復してほしい。本当にそう願っている。

でこぼこの道を歩んできた。ほんとうにでこぼこだったなぁ。崖っぷちに強いと言われてきた。確かにそうだったと思う。ちょっと過去形かね。社会人50年生としては、51年かな、乗り越えるとか、耐えるとか、戦うとか、踏みとどまるとか、限りない経験を積んできたはずなのだが、いとも簡単に折れてしまうこともある。人間臭くていいけどね。

今日のブログ、時間がかかっている。(苦笑)いつもはサラサラと書くのにね。えーと、お年賀の発注は済んだ、年賀状は手付かず・・・机の上は紙が散乱・・・やるべきことが沢山あるんだが、今日はやらない!もういくつ寝るとお正月・・・

2016年12月20日火曜日

「笑顔の裏側」

日曜日はは忘年会だったが3,40分で抜けて編集室へ。だが結構早く帰って12時ごろには自宅にいた?かも。記憶にない(苦笑)それにしても我が社員もよく働く。結構過密スケジュールをこなしている。せめて風邪の予防にと、加湿器を一個買い足した。だが、水を入れようとする社員は居らず、結果藤原の仕事となる・・・俺は母親かぁ~!

今日は月曜だったらしいが曜日の感覚がないため、こんがらかる。給与の振り込みはした・・・海外送金もした・・・一日中パソコンと向き合って番組構成の準備もした・・・あと何をした?

気が付けば夜10時、ということになる。これでいいのか!?

家に帰ってテレビのニュースを見ていたら、小池都知事と築地市場の関係者のヒアリングというシーンを目にした。市場関係者が切実な訴えをしていたが、小池都知事は笑みを浮かべて返答していた。市場関係者はきっと命懸けだ。こんなやり取りを夢想した。

市場関係者「私たちは命懸けです。机上で論じているあなた方に、命懸けの方はいらっしゃるんですか?」
都知事「わたくしたちも皆様のご苦労を想うと尚いっそう頑張らなければならないと思います」
市場関係者「思うだけならだれでもできる。今流れている血が見えないのですか?」
都知事 にっこり笑いながら「その痛みに関しましては私どもも共有しているつもりです」
市場関係者「ならば、死にざまも共有できるんですか!知事殿!」

どうでもいい話だが、小池知事のにっこり返答が気になっただけ。
宝くじをカミさんと娘に手分けして買ってもらった。もちろんお金を渡してね。今年の自分は当たりそうもないから(笑)年末には10億円か?ははは、10日間は夢を見られる。はい!おしまい!

2016年12月18日日曜日

「ガラガラポンでいい感じ」

来年の話をしても、もう鬼は笑わない。そんな師走の風が吹いている。人々はみな異口同音に、あっという間だねぇ、早いねぇ、と口にする。そう、あっという間だ。

今年を振り返る・・・しんどい年だった。10年に一度、もしくは12年に一度、そんなレベルでしんどかった。このところ思う・・・10年前だったらもっと馬力があったよな、とか闘争精神が豊かだったよなとか・・・やはり歳を重ねたせいだろう。仕事はそれなりにこなしたが、精神を直撃する嵐に遭遇する。そんな一年だった。

ところで今日、以前お世話になったお坊さんの家を訪ねてきた。昔は何度も手を合わせた観音様の前に座り今年のお礼をつぶやいたのだが、来年は坊様が亡くなって17年目になるという。それこそ早い。まだお元気な奥様が、藤原さんにはお世話になったと繰り返す。そんなことないのに・・・藤原にとって手を合わせるものは神社でもお地蔵さんでもなんでもいいのだが、このお坊さんだけは別格だった。もう17年か・・・本当かな、とも思う。

さて、9時を過ぎスタッフが手伝っている生放送がいま終わった。これから番組の忘年会。生放送の番組を観ながら来年の番組の構成を今終えた・・・これで決着すれば良いのだが。胃薬飲みながら頑張るかね(苦笑)

しんどい話ばかりもしていられないね。赤ちゃんの名前が決まった。倫太朗君!愚痴っている大人もいれば、未来だけが開ける倫君もいる。ガラガラポンして、良しとするか!

2016年12月11日日曜日

「疲れを忘れるいい話」

20秒ほどの磐梯山の映像がほしくて、昨日三脚とカメラを担いで一人福島県の猪苗代町まで行ってきた。雪が舞い、驚くほど寒かった。空一面を雲が覆い、風は強く雪は降るし、一日を棒に振ったかなと諦めて道の駅に入った。レストランは混雑していたから、順番待ちリストに名前を書き込んでメニューを見ながら待っていると、どうやら晴れて来た気配!慌てて名前を消してカメラと三脚の準備を始めた。さっきの風と雪が急に止んで青空が見えた。「なんだ、今日のこの天気は!」周囲の人々も驚いている。

青空のあるうちに・・・慌てているものだから準備がうまく進まない。手はかじかんで指がうまく反応しないし。でも、寒さの中で2時間ほど粘ったかな。いつもなら性格上、もう少しポイントを変えていろんな画を撮ろうとするのだが、4時までに郡山に戻りたかった。早々に納得して4時30分の新幹線に間に合った。6時30分には新宿に居たかったのだ。

なぜ6時30分に新宿?8日に娘が出産したからだ。生んだ日は病院に顔を出せたのだが、その後行けてなかった。面会時間は夜8時までだと思っていたのだが、娘から7時までだとメールが・・・結局新宿駅の近くにある病院には三脚とカメラを担いで6時30分前につく事が出来た。疲れた・・・

出産は12月の28日が予定日ということになっていたから、余裕をこいていたのだが3週間も早い。赤ん坊はそれなりに体重もあったし、特に早産ということでもないらしい。計算間違いか?ま、母子とも元気だから神様に感謝、そんな気分かな。

今日は午前中のナレーションの収録に始まった日曜日だったが、さすがに7時で退社した。身体中疲労という感じ(苦笑)早くベットに入ればいいのにこれを書いている。さすがの貧乏性!

いい話もある。出産した日の夜、娘から母親にメールが来たそうだ。「ママ、私を生んでくれてありがとう」。 ・・・今朝だったか夕べだったかその話を聞いた。その瞬間、疲れを忘れた。

2016年12月1日木曜日

「笑顔願望」

444と書いて何と読む?フォフォフォ  簡単に発音すればホホホかな。なかなか読めないけど言われればなるほどね。最近気にいっているランチの店だ。Angel Number 444。

中学の同窓生が亡くなったとさっきメールが来た。続いたメールも訃報だった。届くはがきの多くは「喪中につき新年の・・・」という種類のはがきだ。先日もお別れの会に出席してきたが、周りでは人の命の入れ替わりが盛んにおこなわれている。つい、人生の残り時間をカウントしてしまうよね。

そんなこんなで11月はかなりハードだったかなぁ。せっかく始めたボート漕ぎの運動も、一度理由をつけて休んだら、どうも毎日理由がついて長期おやすみ・・・残念!続ける気はあるんだが、今日はくたびれ過ぎとか、朝はやめて夜にしようとか、今日は休むけど明日にしよう・・・とか、結構毎日言い訳の理由は見つかるものだ(笑)

先日PV2本の監督をしたが、結構PVの仕事は楽しいんだよね。若いスタッフのために開発した仕事なのになぜか藤原がやることに・・・社内的雰囲気も、社長がやるんでしょ的な雰囲気で誰も仕事に手を挙げない。これでいいんでしょうか。世間とのお付き合いの仕事も、それ社長でしょ、的な雰囲気が・・・俺もさ、番組もやれば監督もやれば構成演出もするでしょ、会社の雑務もこなしてんだからさぁ、少しは気の毒がれよ!こら社員!(苦笑)

来年1月に船村徹文化勲章受章記念パーティーがあるのだが、これの制作演出系を引き受けることになった。こんなお付き合い系の仕事は、社員は見て見ぬふりだな。「大変ですね・・・」ぐらいは言ってくれるけど。

今日は何?愚痴大会?いやいや、くたびれてんだよさすがに。愚痴って解決することは何もないけどね。そんな時、笑顔に出会うのがうれしいね。笑顔は、百薬の長だよまさに。そういえば東京に出てきた16歳のころ、「笑顔を笑顔で迎えられるそんな幸せを」と何かに書いた記憶がある。笑顔願望があったのかね、俺。