2019年10月17日木曜日

「行きつくところは倫君!」

22日が祝日であることは理解していたが、お休みが伴う祭日扱いだということを、つい先日知った。毎日新聞を3紙読み、ニュースもマメに見てるのにその情報だけスルー?「え?休日扱いなの?」なんとも呑気な経営者である。

先日の台風19号、事前の告知が多かったので身構えていた。家の周りの風で飛びそうな物は全部家の中に入れ、2階のバルコニーの排水溝の掃除、洗濯竿の回収、家の近くのごみ集積所の確認…

ほとんど一日中放映されていた台風情報に目をやりながら、結構動き回っていたのだが…
都内を通過する時間になっても、時折強い風を感じたが物が飛ぶほどではなかったし、まして木が倒れる、なんて状況でもなかった。少し拍子抜け…と思っていたら次々と明らかになる台風被害の情報に唖然、とした。

毎回そうだが、風水害の情報に接するたび思うのは人間の無力。自然とは戦えない。目先の利益誘導で「八ッ場ダム無用廃止」を叫んだあの方たち、どんな思いで「八ッ場ダム情報」に接したのかね?と要らないことまで考えてしまった。

あんまり楽しくない休日のさなかに、ほっとすることが一つだけ。家内の携帯に娘からのメールで、孫が「のりぴー仲良し 好き」と言っている、と。うっとおしい気分は一瞬にして、Happyマークに変わったのは言うまでもない。倫太朗君!ありがとう!!!

2019年10月11日金曜日

「弘法大師 空海」

以前、モンテニューのエセ―を読み始めたと書いたことがあるが、あれはすぐに挫折。初期の翻訳本を買ったものだから何が何だか面白くもない。今の俺には不要!てなもんで買った本はさっさと捨てた(苦笑)

最近読み始めているのは「空海」系の書物。1200年以上前の空海を知ること、真言密教のそもそも…天台宗の最澄との葛藤や歴史…無宗教を自認してきたのだが、お世話になったお坊さんや親しいお坊さんは皆なぜか真言宗だ。そろそろ仏教と向き合ってみるか。

最近、昼飯に「ハンバーガー」ということがある。スパゲティーやハンバーガーなんて言うものはおやつであって飯ではない!と言ってた典男がこの変化。今日も「モスバーガー」に1人で行ってきた。ハンバーガー店が苦にならなくなってきたのは孫の影響だな。孫はポテチが好きだから、一緒に入店できるし。今日オーダーの時「ポテチのS」と言ってしまった。孫が「ポテチ」というから。「ポテト」でしょ!でもマクドナルドが好きだな。

さて、空海に戻るが、お大師様の存在は大きすぎて歴史も長く、入り口を探すのがそもそも大変だ。資料も多いが書き手の解説や洞察がそれぞれで、自分に合った扉を空けないと時間の無駄が生まれる。無駄というのは言い過ぎだが、学生ではないのだからそれなりの時間の使い方が必須となる。

以前テレビの番組で「元やくざ系」のおっさんが「立派な牧師さま」になったストーリーを紹介していた。あれ、ちょっと憧れたね、一瞬。いろんな生き方があってもいい…
充実を感じることができるならね。

2019年10月10日木曜日

「登り下り」

久能山東照宮の表参道入口の直ぐ側に、義父が入所する「特養」がある。先日、見舞いに行ったついでに、一人東照宮を目指した。表参道入り口から1159段の石段、「いちいちごくろうさん」が愛称らしい。400段目ぐらいで「まだ400段か…」半分ぐらいで「戻ろうかな…」。かなり急な石段が続く。「俺の性格じゃ、戻るわけないよな」と自問自答。はぁはぁ言いながら登り、参拝。そこから家康公の墓までまた急な階段が…

1時間ほどかけて往復したが、次の機会があったら「絶対ロープウェーで登る」と固く決意したのだった。(見栄を張らず、杖を持つべきだったよ)。

義父の部屋に戻ったら、彼は何事もなかったように眠っていた。出会った瞬間は嬉しそうに笑うのだが、数分もすると無表情に。誰も寄せ付けないような面相をする。1159段を上り下りしながら「人生」を深く考えてしまったのは、そんな義父の存在もある。

5月にある決め事をして、それなりに進んではいるのだがもう10月。結論にはまだ達していない。この数か月「生産的」であったか、「無駄に過ごしてはいなかったか」「心と上手に戦えているか」etc

往復2318に及ぶ石段を踏みしめながら、そんなことを考えてしまった。悩んでいるのではない。きっと修行させられているのだ。そう思いながら今日も時間を見送る。

2019年9月17日火曜日


「休日の過ごし方」
千葉県のいすみ市に行ってきた
台風の被害が出ている最中なので
観光客はまばら。
そんな中いすみ鉄道に乗車。
車掌さんが、運転士さんの帽子を
貸してくれたり、写真を撮ってくれたり。

昭和39年に出来た車両なそうだ。
当時中学2年か…などと時代を振り返りながら
大原から上総中野まで。
そしてそのまま折り返し大原まで約2時間半かな。
退屈するだろうと思って週刊誌を買って乗車
したのだが、ページをめくることもなかった。

カラカラ回る扇風機、鉄板でできたような和式トイレ、木の枝が当たるから窓は
空けられない。この列車は急行だが途中駅に15分ほど止まる。どこまでものんびり。
現実から少しだけ距離を置き、童心に帰ったような時間…せっかく買い直したカメラ
を忘れて出かけ、今のところ活躍の場がないmyカメラ。携帯で済んじゃうしなぁ…

2019年9月12日木曜日

「うまい酒」

一杯ずつ注文するのが嫌いだから、なじみの店はほとんどボトルを入れている。住まいの近所の店だけでも6軒。ボトルがあったかどうか忘れてしまうから今年から携帯のMEMOに書きとめることにした。○○、何日ボトル入れた。○○、何日、ボトル残っている、のように。他に渋谷、青山、六本木…

思えば、ずいぶん沢山酒を消費してきた。だが、最近酔うほど飲めない。と言っても一般の方より量が多いのは確かだが。グラスに残ってることが気にならなくなった、というか飲み切らないことに抵抗がなくなってきたのだ。ほとんど毎日、義務のように飲んではいるけど。

焼酎を量り売りのように考えている店がある。焼酎ロック!「シングルですか?ダブルですか?」そんな店は2度と行かない。「焼酎はなみなみと注ぐものだ!」

酒飲みはたいてい酒に関して意地汚い。酒飲みの気持ちが理解できていない奴は酒を売るな!ってな気分にもなるし。芋焼酎、バーボンウイスキー、日本酒、ワイン、どれも気取って飲みたい酒ではない。赤ワインなんか、冷えていなければ氷を入れて飲むし。いい氷に限るけど。

何が言いたい?「うまい酒が飲みたい」。うまい酒とは、体調がよくて、気分がよくて、好みの料理があって、いい話し相手という環境のある酒だ。最近何かが欠けている気がする・・・「うまい酒が飲みたい」。。。

2019年9月6日金曜日

「涙くん こんにちわ」

先日の小旅行で東野圭吾の「時生」を読んだ。彼の作品は結構沢山読んでいるがタイトルをすぐ忘れてしまう。が、なぜ旅先で東野圭吾を読むか?一気にストーリーに引き込まれる、読み返さないと不安になる、てなことはなく、そしてどこかで必ず泣かせてくれる、更に言えば、一見現実風で実は非現実的、肩がこらないことかな。

ホテルの部屋の清掃が始まりそうな時間にロビーに降りて一気に読んだ。そしてロビーで一度泣いた。結構長時間フロント近くのロビーで読書したので、変な客だと思われていないかなぁ…などと小さく気にしながら。

帰りの飛行機の中で見た映画でも泣いた。若者の恋愛と、父親と娘の美しい愛情物語…ラストシーン近くで涙が止まらなくなり、ハンカチが活躍。最終シーンをイメージし始めたころ、ドスン!という音とともに空港到着!アナウンスが入り映画は終わった…ラストシーン前に…。感動的な映画に限っていつもそうだ。チェ!!!

もともと涙もろいのだが、最近我慢が足らなくなってきた気がする。歳のせい???

さて、最近知った新しい言葉は「ギフテッド」。特殊な能力にたけている?偏った天才君というか… いずれにしろ、知らないことが沢山あるんだ、ということをなぜか強く実感する今日この頃。学び直すとすれば、いったい何から?持続できる分野と、持続できない分野がはっきりしているからなぁ、俺。今までのところ…

2019年8月27日火曜日

「25分間の慌ただしい光景」

22日、番組収録のため秋田に向かうことになった。スタッフは全員前日入りのため当日入りは藤原ひとり。リハーサルに間に合わせるために11時の飛行機を予約。いつもより少し早めに家を出たのだが、空港の駐車場が見えてきたあたりで不吉な予感…「満車」という赤い文字が見えた気がした!のだ。

P1P2 P3P4 一回りしてみたのだがすべて「満車」。「参ったなぁ」…とりあえず並んで係のおじさんに聞いた。「何分待ちですか?」「60分ぐらいですかね」とのんびりした答え。時計を見たら10時15分!残された時間は25分!「出ます!」と告げて列を抜け取り敢えず車を走らせる…「東京駅に向かって新幹線にするか…でも4時間もかかるし…」と少し思案。「よし!国際線の駐車場に向かってみるか、そこがだめだったら東京駅に向かえばいい!」。国際線の駐車場は9階だけが少し空いていてセーフ!。さて、どうやって第一ターミナルに戻るか。

国際線にはいつも車で行くのでタクシーを使ったことがない!タクシーの乗り場がわからない!ので到着口を目指してダッシュ!タクシー乗り場はどこだ?どこだ?やっと飛び乗って第1ターミナルを目指した。1万円札を出したらお釣りがありません!もたもた。解決してターミナルに入るとそこは南ウィング。東北方面は北ウィング!またダッシュ!…間に合った!!!

傍から見ていたら、滑稽な姿だったろうな…と自分の姿を想像しながら1時間程度の空の旅。平日だからと安心していたのだが、8月は夏休み中なんだということを肝に銘じなければいけない。はい!反省。。。

2019年8月18日日曜日

「8月17日」

毎年夏の時期、縁があって都内にある某音楽大学に講義に行く。2時間ほど様々な話をするのだが、今日の生徒は楽器系と声楽とマネジメントの各4年生で、専攻はバラバラ。休憩なしで2時間授業をやり、最後に「質問は?」と生徒に振ったら、ピアノ専攻の生徒が「夢はなんですか?」ときた。

それまで生徒に、目標値とか、夢の必要性などを話していたものだから、逆質門されると少々困った。「女の子の孫がいたらいいな、それが小さな夢」と軽く逃げておいて、さてと話しながら考える…「俺にも語るべき夢が必要なのかも…」とか。「夢、とストレートに言えるものなんてあるか?」などと心の中で呟きながら、言葉を操って質問には答えたが…。年を重ねると、頭の大部分が理屈で構成されていて、思っているほど頭は柔軟ではないな、などと思いを巡らせつつ生徒のストレートな質問にやや反省モード。

今日の刺激はもうひとつ。昨日、注文していたレコードプレーヤーが届いた。昨日の夜は酔っていたから眺めていただけ。今日午前中組み立てを始め調整も一通り完成させ、久々にアナログレコードを聴いた。チリチリチリのノイズ・・・

20年ほど我が家にレコードプレーヤーは存在していなかった気がする。今日はスピーカーの位置を変えたり、配置の見てくれにこだわったり・・・。なんか新鮮気分!!!

夕方から主治医殿と飯会。飲食時間5時間!八王子から四谷まで呼び出してしまった、
ごめんね。

2019年8月8日木曜日

「深夜という時間帯は 自己満足時間」

処置と措置、承継と継承、分かっていそうで間違えそうな言葉を改めて確認する。最近この作業が増えた気がする。慎重になったのか、知識がなかったのか・・・

20数年前、まだPCに否定的な時期があった。「知りたければ本屋へ行け!」とか「ゲームばかりしているおじさんのおもちゃだろ!」とか。だが、今はどうだ、PCがなければほとんど作業ができない。カメラがデジタルに変わる時もそうだった。「写真はフィルムだろ!」これも、デジタルカメラの力を認めることに時間はあまり要らなかった。

ことほと左様に時代は人の心の文化までもいともたやすく変化に導く。

変わらないもの、変わりたくないもの、変われないものもある。親子の愛情の距離とか、心をむしばむ過去の遺産とか、胃袋に巣くう毒薬にもなりうる「忘れられない言葉」とか。大なり小なり、そうして人は「悩みらしいもの」を抱えて生きていく。

子供自転車がなかった時代、子供は大人の自転車に「三角乗り」をした。スケート靴を買えなかった子は長靴に金具をつけた。米を生産していない子は地域の運動会でおにぎりをもらえなかった・・・。

それでも少年や少女たちは、「笑顔」の尊さを、または笑顔のぬくもりを身に着ける努力をしながら時代を生き抜いてきた。PCなんか、要らなかったのだ。まして、空飛ぶタクシーなんていらないのだ。とした時に…この先、どう生きていけばいいの?と笑顔で語る「昭和人」に必要な「実のある文化」を教える?または探せ!というのか、難しいね。

職業が坊さんとか牧師さんでもよかったな、と思うことがある。どちらにしても、かなり生臭かっただろうが。(笑)(8日・深夜)

2019年8月5日月曜日

「夏のある一日」

猛暑が続いている。夏が大好きな藤原でも、急激な暑さの到来なので体が少し驚いている気がする。「無理をしないように…」本格的な夏を迎えて初めて思った。

人々の一般的な感覚とはたぶん逆で、外に出てギラギラの太陽光線を浴びた瞬間「幸福感」を感じるのだ。暑いかどうかとは全く別の気分。前世はきっと、ほとんど陽にあたることのできない場所で暮らしていたのかもしれない。

家で時々頼まれてもいない洗濯をする。今の時期、洗濯ものを取り込むとき、カラっと乾ききったそれぞれが気分を和らげてくれる。洗えるものを探して何でもかんでも洗濯機に放り込むから、そばで聞こえる小さなため息に気づくこともあるけれど(苦笑)

昨日も日曜日なのだから家でじっとのんびりしていればいいのに、何かしないと時間がもったいないと思ってしまう。この性格は生涯直らない気がする。9時から午後4時まで孫を預かってそれなりに楽しく過ごした。休日なのだからそれで終わればいいじゃないか・・・

洗濯ものを取り込む、孫がプール遊びをした後片づけをする、洗車をする、ついでに近所と共有のごみ捨て場を掃除する、自転車に夜間用のシールやテープを張る、伸びてきた木の枝を整理する…あと何かすることはないかな?と思った頃には夕餉の支度が出来ていた。少し家の用事をしたことでちょっぴりの満足感を得た気分。だが!

寝る直前自分が発した一言が自分の今を表しているのだ、と改めて思った。「何をしていても、こうして一日は終わる…」。最近よく同じ言葉をつぶやいている気がする・・・

2019年7月30日火曜日

「のりぴーの人生」

駐車場から車の中にあったゴミ袋を手にして会社に向かった。駐車場の階段の途中にあったゴミが気になって、せっかくゴミ袋を持っているのだから、と一つ拾った。次の階段にアイスクリームの袋が!これも拾った。会社のエレベーターの脇に、昨日も見たはずの郵便受けからこぼれただろう広告の紙、これも拾った。

明日水曜はゴミ出しの日だから、会社のごみとして捨てればいいや…

会社の洗面所で手を洗いながら思うのだった。なんかいい気分…もっと歳を重ねたら、俺、公園のごみ拾いなんかやってんのかなぁ…複雑な気分も…

今日の午前中は八王子の主治医の病院まで出かけ、いつもの注射と薬の処方をしてもらい、主治医に「会合やろうよ」と飲食の誘い。医者の匂いを感じさせない主治医で、外ではよく、薬の営業か不動産、金融関係に間違われるそうだ。そこがなんとも良い。(笑)

今まで、本当にたくさんの人と出会ってきた。突如、今までの人生の出会いをすべて「リセットしたい」という思いに駆られることがある。その中に「リセット外」の人が何人いるかな…と思うこともある。「リセット外」に入るね、我が主治医殿。

そうそう、孫がようやく「のりぴー」と呼んでくれるようになった!もともと「のりぴー」と呼んでほしかったのだが「ぴー」が言えずずっと「のりのり」が呼び名だったが
一週間ほど前から「のりぴー」が定着!いいね!

2019年7月24日水曜日

「POWER」

最近、車庫入れで車が真っ直ぐに収まらないな、と思うことがある。真っ直ぐに直そうという努力を怠っているのか(こんなもんで、といういい加減!)真っ直ぐ入れられなくなったのか?高齢者運転のハードルの手前ではあるが、気になる。前者のような気がするが。

スピード狂ではないがスピードは出したい方だ。先日制限速度70キロの道路で、前をぴったり70キロで走っている車が。同じ道で覆面パトカーにやられたことがあるから、慎重に追い越してすぐ前に入ってスピードを落とした。一瞬キラキラライトをつけた「85-〇〇」の車はやっぱり覆面。数分後その覆面はサイレンを鳴らして別な車を追いかけ藤原の車を抜いていった。可哀そうなドライバーと見え見えの覆面パト。ご苦労様。

今さっき、部屋の模様替えをした。社長机と打ち合わせコーナーを前に戻しただけなのだが、少しは気分が変わるかもしれない。年末に模様替えして以降、あまりにもいいことがなさ過ぎたから(言い換えれば不幸が続いた?(苦笑))気分転換は大切だ。

雑然とした社長室だが、孫の大きな写真が3枚、昔から貼ったり掛けたりしている家族写真、馬と子供の大きな画、観音様の画だとか龍の画だとかが壁にあり、なんだかなぁ、という部屋なのかも。もう色が抜けてきたが「パパ今日もお仕事頑張ってね」と書かれた付箋も壁にある。娘が10数年前に弁当を作ってくれたことがあって、その弁当に貼られていたものだ。

振り返ってばかりいるわけではないが、過ぎた時間の積み重ねの結果として今がある。契約駐車場の記録を見たら、車は7台目になるようだ。4300㏄というパワーにこだわったこともあった。昨年までの車は3000㏄だったが、今は2000㏄で280馬力。排気量は小ぶりになったが馬力にはこだわる。人生と同じだ。小ぶりになっても馬力にはこだわる。

2019年7月19日金曜日

「想い出のニューヨーク・出てきた旅MEMO」

今は一児の母になった娘が高校2年生のころ、父親と二人でニューヨークへ旅した。その時のMEMOが机の中にあった。汚い字でホテルのメモ用紙に書きなぐっているのだが、あまりにも懐かしいものを見つけたので、書き写して思い出を残しておくことにした。
(原文まま)
「ニューヨーク旅日記」  (JAL・ABCで携帯電話借りる)
1日目。自宅を13時40分に出発。成田へ。予定より10分早い出発で15時20分C08便でにて出発。親子なのに17Bと18Bで前後バラバラ。12時間30分の旅へ。前の座席のオバサンが乗って間もなくリクライニングを最大にたおしやがってめしもくいにくい!飯の時ぐらい戻せ、あほ!予定どうりニューアークリバティー国際空港到着。迎えの係とともにヒルトンニューヨークHへ。部屋は1152.あみは眠り起きられない。パパは仕方なく近くのデリを探し食料と水、缶ビールなどを仕入れる。アイロン台を持ち出してテーブル代わりに、持参のカップラーメンと買いだした肉とかまずいライス系のなんとかで食事。バスがわかりにくい、熱い湯が出ない。ま、仕方ないか・・・で寝る。

2日目 7時50分、市内一日観光へ向けホテルロビー集合。伊藤さんという何人か分からない日本人と3人で出発。ガイドは在米15年という〇〇さん。雨と風、寒い。傘を一本5ドルで2本買う。市内を回るが外は寒くてへきへき。ミッドタウン→南下。ダウンタウンを経て
自由の女神に向かうが、風波荒く船が出ず、リバティ島へ向かうことは断念。グラウンド・ゼロは下車したが、寒さで見ず北上してハーレムへ。グランドセントラル駅を下車観光。国連ビル下車観光。サウス・ストリート・シーポートを下車観光。中国人のウエディングドレス・白タキの新婚カップルが大勢いてビックリ。その後、ウォール街を下車観光、伊藤さんをYMCAでおろしホテルへ。夕食はジョーズ上海(鹿鳴春)で中国料理、シャンシャン。

1/4   3日目
セントラルパークへ徒歩で向かう。観光馬車に乗って小さく一周。$34ドルと書いていたのを知らず、ハウマッチと聞き、40ドルと言われ結果40ドル払う。(最初にジャパニーズ?)と聞いた、だからだ・・・ブロードウエィを南下、昼食に立ち寄る。メニューを見たがよくわからん。ウェートレスがきたのでセット風メニューを指さし、お互い注文。来るまでなんだかよくわからない。裏に15%と書いた伝票をもらい、ウェートレスを呼んで聞いた。合計金額(+15%?)と紙に書いて聞いた。笑って、チップは4ドルだと言われた。さらにブロードウェイを南下。派手な看板が並び、あみは ニューヨークだ!と喜ぶ。き馬警官バックに写真をとり、フィルムを交換しようとしたらカメラがフィルムを巻かない。ウンともスンとも言わない。近くのカメラを扱っているショップに入り、おじさんの店員を呼んで(ノー ムーヴ)とあみが英語風に言った。店員は電池を出し入れし、やり直したら動いた。典男が店員の手を握り、サンキューといかにも嬉しそうに言った。その後スターバックスに入る。注文の仕方がわからないので「俺コーヒー」といってあみにゆだねる。あみの日本語英語はなかなか通じない。システムが違っていて注文は現金を支払った後名前を告げ、名前を呼ばれたら受け取る仕組み。名前を問われていることがわからない。うしろの日本人が教えてくれた。「名前を聞かれています」。その後ガーシュイン劇場でミュージカル「ウィキッド」をみる。一旦ホテルへ帰り夜はブルーノートへ向かい本場のJAZZを。パパは半分寝ていた。その夜晩飯も食わず寝た。

4日目以降はMEMOがない。このあと娘が19歳の時、また二人でニューヨークを楽しんだ。


2019年7月17日水曜日

「名セリフ」

「子供のころの自分から、今の自分を見て、誇りに思えるかどうかが、理想的に生きているかどうかだ…」

正確かどうか自信はないが、ある映画を観終わってすぐにメモした言葉だ。翻訳のセリフだが、映画を観終えるまで頭の中で何度か繰り返した。忘れないように。

さて、このセリフが自分に当てはまるか?理想的に生きる…難しいね。だが、悔いていることはないような気がする。それなりに必死だったし、自分らしかったから。

何かを信仰していればよかったな、と思うことがある。神も仏も大切にするが信仰心が篤いとは言えない。氏神様も大切にするし、お寺の住職とも親しくするし、神棚に榊を忘れることもない。お地蔵さんにだって挨拶するし、海外に行けば教会も訪ねる。だが、今一つまじめさに欠ける…気がしてならない(苦笑)

ではなぜ「何かを信仰していればいかった」と思う?心のよりどころが欲しい場合がある。「般若心経」を読んだ時代がある。だが長続きしない。なのに「あぁ神様、何とかして!」と神頼みすることもある。「理想的に生きている」本当にそんなことあるか?
だが、映画の主人公は正しい人生とは言えないが、実に楽しんで生きていた。

そうだ、理想的に生きるということは楽しんで生きることだ。なぁんだ、簡単なことだ。
難しいことも、簡単だと思えばいい。自分らしく。

2019年7月8日月曜日

「いろいろ」

7月1日に、第10回岩谷時子賞の授賞式が開催された。今年の岩谷時子賞は坂東玉三郎さん。もう10回もこの会に足を運んでいることになる。10年、あっという間だ…

授賞式のあと、例によってレセプションパーティーが始まるのだが、主催者の一人で、審査員でもある某音楽プロデューサーと1年ぶりの再会。透析を週3回もしている人だからまず「体調」の話から入る。さり気なく「あっちのほうはどうなの?」と聞いたら「〇欲はあるんだけど〇力がないんだよ」と来た。はいはい。

友人の「千家和也」が逝った。あの顔で、あの性格で、素晴らしい詞を書いた人だ。ずいぶん一緒に飲んだ。数年前まで、彼と彼の奥様と藤原と、よくゴルフにも出かけた。少しすれ違いが起きて、この2年ほど音信不通になっていたのだが、最後の記憶では、少しの酒で足元がふらつき、タクシーに抱え込むようにして乗せた。だから、訃報に接しても驚きはしなかったが、73才は、あまりにも早いだろう…

昨日は「明治座」の「中村雅俊45周年記念公演」に行ってきた。芝居は結構面白くエンターテイメントを感じたいい舞台だった。2部の「歌」では、女性の観客が涙を流しながら聴き入っている姿をたくさん目にした。まさに歌が、時間の垣根を越えてそれぞれの思い出の世界へと誘ったのだろう。「歌の力」はうまいか下手かではないんだ(苦笑)でも、味があっていい歌だったよ、中村雅俊さん。

この部屋から梅雨の隙間のような青空が見えている。最近、青や緑が、いいな。

2019年7月4日木曜日

「帰郷」

6月に、小学校の同窓会があったので、岩手まで行ってきた。盛岡から在来線にのって矢幅駅まで行き、駅近くの宴会場へ向かったのだがあいにくの雨。100名ほどに案内を出したらしいのだが出席したのは35名ほどかな。それで?多くを語らないことにしておこう(笑い)

翌日、念願だった不来方城(盛岡城)にある啄木の碑を目指した。雨という天気予報は外れ、願ってもない晴天。コンビニで弁当を買い、54年ぶりの碑との再会を目指ざす!!!

こっちらしい…
城跡の中はほとんど記憶がないのだが、啄木の碑は案外分かりやすかった。中学3年の時、進学をやめて上京を決意したころ、よく啄木の碑の前で寝ころんだものだった。まさに多感だった中学生時代…           
学校の授業を抜け出して来たこともあった気がする。
あったぞ!!!
「不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」

当時は、もっと高い位置に碑があったような気がしていたが…



碑のそばで遅めの昼食ということで弁当を食い、寝ころんで空を見上げた…吸い込まれるような青空だった…

それから墓参りへ。自分で建てた墓だが、最初に眠ったのは弟。昨年母が入った。墓参を済ませ寺に挨拶に寄ったが住職はあいにく葬儀の最中で、奥様と長い時間話し込んだ。もっぱら個人的な愚痴の聞き役だったけど(笑)

さて、それから夕方盛岡駅前で待ち合わせたのが自称「美女軍団」と言ってはばからない4人の女性グループ。一升瓶の焼酎を軽く空け、移動したカラオケバーで地元産ワインを2本軽く空け…   … 多くを語らないことにしておこう!(笑)

2019年6月19日水曜日

「赤ちゃん言葉にご用心!」

「病院でいたたまれなくなる光景の一つは、医師や看護師が高齢者に、赤ちゃん言葉で接している場面である。見ていて、とてもつらい」

今日の日経新聞のコラムの冒頭にあった言葉だ。

「長い人生をひた走り、辛酸をなめ、それぞれに足跡を残してきたひと人の尊厳はどこにある」ともあった。

まったくもって、その通りだ。つい先日も話題にしたばかりだった。その光景に接すると、腹立たしいというか、残念というか、いい気持になったことはない。

優しく言っているつもりだろうが、ある皮膚科の女性院長先生が、藤原に対して子供に言い含めるような言い方をする。だから嫌いだあいつは!(笑)
「俺の尊厳はどこにある!!!」




たとえどんなにイラついていても、この「お孫様」の写真を
見ると、突然笑顔になれる。
「女院長!あの言葉は孫に言ってくれ!」

結構根に持っているワタクシ・・・(苦笑)

それにしても、可愛いなぁ・・・
なぁ 倫君!

2019年6月13日木曜日

「哲学って何だっけ?」

友人から「私の座右のノート」というテーマのメールが届いた。「一流の盲点 二流でいこう 三流の弱点」なのだそうだ。人はみな、何かを肝に銘じて人生という歩みを進めている。

俺に座右の銘なんてあったかな・・・?

「やればやられる」 「感情は勘定」 なんて言葉かな・・・書き記すようなもんじゃ、ないよな。
俺の哲学のようなもんだ、たぶん。

哲学と言えば、モンテーニュがなかなか読み進められない。一文が長いし、物事を肯定しているのだろうと思って読んでいると最後に「・・・を否定することになる」とくる。あれ?となってもう一度読むことになる。藤原に、大学生時代があったとしたら、学生時代に読むべき本だよな、などと心の中でぶつぶつ言いながら又数ページをめくる・・・

藤原の人生には多分4つのステージがある。その①は15才までの子供時代、②は上京して音楽の仕事をしていた40才までの時代、③は会社を設立してからの社長業時代④は残りの人生を充実させるために豊かな時間を求める時代・・・かな。

第2ステージとなる16才~40才までの時代は、5年ごとに人生に点を打っていた。例えば20歳の時、25歳の時点ではこうなっていたい、25歳になると、30歳の時点ではこうなっていたい、のように。で40歳の時に「そうなっていなかった」から音楽をやめた。

地球一周の旅、ってのもいいな。中間地点を超えた時「思えば遠くに来たもんだ」と思うのか「結局このまま「振り出しに戻る」と思うのか。この理屈、決してモンテーニュのせいではない(笑)

2019年6月12日水曜日

「誕生日」


 🎂 69歳の誕生日を迎えてしまった。誕生日当日は
土曜日だったため、一日早く社員がケーキと花束で
祝ってくれた。これは取り分けてくれた藤原の分の
食いかけ。

みんなで撮った写真は誰のカメラで撮ったのかわから
ないので取り敢えず手元にはない。

誕生日当日は昼に家族で集まった。娘夫婦と孫、息子
カミさんと食事会。かわいらしいプレゼントも。

朝早くに、ペテルブルクの友人からお祝いメールが。
彼女も結構歳をかさね、体調がすぐれないらしい。
でも、頑張って現地の日本語学校で日本語を教えて
居る。みんな頑張っている・・・

ペテルブルクに行ってこようかな・・・


さっき、取引銀行の元の担当者が顔を出してくれた。彼は
なかなかのやり手なのだが、「いやー、ちょっと時間ができたので社長の顔が見たくて!」ときた。
銀行の不振などの一通りの話をしたあと事業継承の話へ。「お金を貸し出すことでは利益が出ないんですよね・・・会社の代替わりのお手伝いをして手数料を稼ぐとか・・・」

「ところで社長はこの先どうされるんですか?」何を言いたいかは解っているから「俺か?俺は株式会社 老人 ということで頑張るんだよ」とけむに巻いてやった(笑)清水君、期待に応えられなくてごめんね。

世間が様々な思いを巡らせるそんな年齢になったということだ。

2019年6月5日水曜日

「SONY α 6400」

脱力感や無気力と戦うのは難しい。そうではない「フリ」をするのはもっと難しい。そして、人に教わるのはややこしい。

社長業を長くやると、人に教わることが下手になる、というのは情報として知っていた。それを最近実感した。一眼のカメラを新たに購入したので、メーカーが主催している教室に行ったのだが・・・
座学6時間、屋外のモデルを使った撮影会で2時間、計8時間かけて技術の入り口を学んだ。

なぜ入口?それはそれはあまりにも機能が多く複雑だから。子供のころから写真は好きだったが、今のカメラは初めてPCに触れた時と同じ感覚になる。一回で覚えられないという、脳みその機能マヒも原因の一つではあるのだが。

会社に居ると、社員に「おーい、これどうするの?」とか「よくわかんないからやっておいて!」とかすぐ人に頼る癖の様なものがある。カメラの教室で先生を呼びつけて「これどうすんの?」というわけにもいかないし・・・「わからないから来てるだろ!もっと丁寧に教えろよ!」と言う訳にも行かないし・・・

屋外の撮影の時、先生が「もっとモデルさんに注文を出して!」と言うのだが、今まで沢山の歌手のみなさんにさんざん注文を出してきた身としては、逆に大勢の前では照れくさくて言えない・・・
「早く終わればいいな・・・」そればかりを考えていた。

あとは、カメラをいじくりまわして、体で覚えるしかないな・・・と思うのだがその集中力にも欠ける。 

新聞のコラムに出てきた「モンテーニュのエセ―」に興味をもって岩波文庫のものを4巻まで買った。6巻まであるそうだが、後でもいいや、と思い取り敢えず4巻まで。で、今日までに読んだのは3,40ページほど(笑)コラムにあった「3巻の〇章」までたどり着くのに半年はかかりそう。どこか海外にでも出かけて読書に没頭すれば少しは読み進められるかも。

6月だ。もうすぐまた年齢を一つ重ねる。 「独立心旺盛で臨機応変、無駄のない時間の使い方」にエネルギーを使ってきた藤原君も、思案のしどころというところか。