2017年4月4日火曜日

「時代」

3年ぶりで整形外科へ行ってきた。左肩が痛みすぎるので久々に行ったのだが、レントゲンを撮ると、肩と腕の接着部分の骨の隙間がなく、内部で出血もしていたとか。注射をしばらく続けることになり、首の牽引、患部への電気治療&肩のマッサージというセットの治療が始まった。

以前、右肩も同じ現象が起き、ペンも握れないぐらい痛みがきてから病院に行ったので、今回の左肩はそれほどでもない・・・と2年間ほど我慢してしまった。当然もっと早く来い!と言われる。先生曰く、「首も肩も回らなくなっちゃうよ!」だと。

運動しろ、とも言われるのだが、日常生活に無い動きだと、つい忘れてしまう。本来運動嫌いなのだ。だが、体がギシギシ言い始めていることを実感せずにはいられない。俺が歳をとったのではない。身体が勝手に歳をとっているのだ、と屁理屈を並べても行動は遅くなるばかり!(笑)

昨日の夜、サンクトペテルブルクの地下鉄爆発事件のニュースを見て、ペテルブルクの友人にメールをしようとPCを開けたら、すでに「私は無事です」とメールが来ていた。よかった。つい先ごろは息子の居るイギリスでテロ、今度はロシアもか、という感じ。平和ボケしてはいられない時代が、ついそこまで来ている、ということだな。

さっき新聞で、テスラという電気自動車の会社の株がフォードを抜いた、という記事を目にした。
そこで再び思ったのが、本当にいい時代を生きてきということだ。食べ物がない、とか、情報がない、という時代の工夫や知恵。汚いとか不衛生で得た耐菌性(笑)。社会の全体的な貧乏が生んだ食欲、物欲、出世欲。海の上に橋が架かる新しい風景、すべてが自動に変わる「便利」という「不便」。それもこれもほとんど「無」という現実からスタートして「溢れている」という現実までを体験できたのだ。

俺の記憶にある最初の車は、お隣のプロパンガスと醤油屋を営んでいる家の車で、親父さんがエンジンをかけるために金属棒をぐるぐる回している車だ。スターターの無い時代だな。それが電気自動車だと。写真はフィルムが一番!と言い張っていた時代は遠くなりにけり、だ。時代は回らず、一直線に進むのか?



2017年3月14日火曜日

「いいかげんでございます」

つい先日、コンサートライブ会場で「藤原さ~ん」と声を掛けられた。マスクをしていたから、それでも藤原がわかるご婦人は相当の知人なはず・・・「父が亡くなってからなかなかお目にかかることもなく・・・」とにこやかに話しかけられたのだ。

その直前に、受付で見知った顔の女性に声を掛けられたばかり。こちらの方は知っている顔だったが、何のタイミングで出会ったのか思い出せなかった。「あ~そうなんだ」とか曖昧な相槌を打ってかわした直後だったものだからびっくり。

「今日は珍しい人と会う日だなぁ・・・」とにこやかに答えてみたものの全く思い出せない。本当に思い出せないのだ。客席に座ってから頭の中でパズルを紐解くように記憶を辿る。

思い出せない女性はどうやらスタッフのようだった。決して若くはないから、「亡くなった父」というのは相当な年齢なはずだ。スタッフだということは音楽業界関係者だ・・・一曲目が始まり二曲目が終わり・・・だが頭の中ではずっと記憶を辿っている。

レコード会社の関係者かな、作詞家?作曲家?あの顔は見おぼえないよなぁ・・・てな具合。あと2曲、となったあたりにはかなり焦る。会場を出る前に思い出さなきゃ!出口あたりにまた彼女が居たら困ったな、てな具合に(苦笑)会わずに済んだ!

しかし、今考えてもどこで出会ったのか思い出せない。名前を名乗ってほしかったな。そうしたら自分の記憶力をこんなに悩まないで済むのに。

でも、昔からそうだったよ。覚えようというスイッチを入れておかないと、まったく記憶に残らないのだ。つまんないことはよく覚えていたりするのにね。厄介なことだ。それにしても、彼女は誰の娘でいつの時代にどこで出会ったのだろう・・・いかにも親しそうに声を掛けてくれたよなぁ・・・

2017年3月9日木曜日

「トラブル納め」

旅の1日目。
機体の空調が故障とのことで一時間半ほど機内で待たされた。結局その機体で出発。到着空港で待ちくたびれたであろう顔見知りのガイドから翌日の列車の切符をゲット。ホテルに向かう。ところが、予約されていないというのだ。いつもはどこに行っても身振り手振りと片言英語で解決するのだが込み入った話になるのでちんぷんかんぷん。結局現場で部屋を取り直してチェックイン。だが納得いかないのでその場で「ちょっと待て」と合図してBooking.comに電話。

やり取りが続くのだが、おかげでチェックインカウンターで3,40分。なんだ今日という日は!

旅の2日目。
一泊でその街を離れ、高速列車で次の目的地に向かう。30分ほど走ったところで浅い眠りから目を覚ますと何やら列車は止まったまま。どうやら前を行く列車の事故らしい。ふてくされて目を閉じる。結局一時間半程度の行程が三時間弱。昨日からいったいどうしたの、てな気になる。

2日目のホテルのチェックインカウンター、前日のトラブルが頭をよぎるがここではちゃんと予約ができていた。「デポジット」というからカードを出したら、今度は「このカードは認識できない」という。なんで?今朝チェックアウトしたときこのカードを使ったばかりなのに!と思うのだがなんと言っていいかわからないので別なカードで処理。なんなんだ今回の旅は、てな気になる。

おまけが。上手な日本語で「スイマセン、タバコスイマスカ」と聞くから即座に「スイマセン」と答えたら何やら妙な反応が。すかさず「No Smoking」と答える。「スイマセン」と言わないで「スミマセン」と言えよ!

他にもあったよ。乗ったタクシーの運転手がふてくされた男で、駅についてトランクから荷物を出したら、トランクを閉める前に走り去り、トランクは開いたまま。どこか俺の視線から消えたところで止まって、ぶつぶつ言いながらトランクを閉めたんだろうな。馬鹿なやつ(笑)

3泊4日の旅。今回は大したことはないがトラブル続きだったのでいろいろ神経を使った。いちいち財布を確認したりパスポートを確認したり。だが、こうも思ったね。会社のトラブルが続いたから、この旅でトラブル納めだ!とね。そうなりますように。

2017年3月2日木曜日

「田中先生様」

最近のことだが、ある料理屋さんのカウンターで飲んでいた時の事。「藤原さん、ため息が・・・」。ため息が激しいと言いたかったようだ。「先日なんか声を掛けるのもはばかられる様な雰囲気で、家内と心配していました・・・」。なそうだ。

この状態が長く続き過ぎているので今日は友人の病院へ行ってきた。「この治療、僕は初めてですから迷ったんですが、文献やガイドラインを調べて、パパには大丈夫だと思いましたから用意しておきました」というような会話があり、治療を受けてきた。「よし、これで大丈夫だ!」と思いたいところだ。

以前は、仕事のストレスは大量の血尿という形で現れた。出血多量?と驚くほどの血尿で、これは経験した人でないとわからないな。何度もあった。医者に行っても解決しなかったのだが、当時、赤坂の店のママの一言で、恐れは消えた。「血尿なんて社長業やっていれば当たり前のことよ。みんな通る道よ」ってなことを言われたんだっけな。あの一言が素晴らしい治療薬だった。 

最近、血尿に至ることはなくなった。血の気が足りないだけか?

そうこうしているうちに3月だよ。早いね。12月に生まれた孫はもうすぐ3か月になる。あの小さな赤ちゃんがね、よく笑うようになった。昨日は444にも笑顔があった。藤原がため息をつこうがつくまいが、周りには笑顔がいっぱい。いいね。

今日は田中先生の治療も受けたし、なんか元気になってきた気がするぜ。田中ちゃん、3月中に飲もうね。田中先生様、って気分になってきたよ。    

2017年2月24日金曜日

「船村先生とのお別れの日」

作曲家、船村徹先生の通夜式が一昨日、昨日が告別式だった。通夜式の日は朝10時にお寺に出向いた。昨日の告別式は朝9時。寒い2日間だったが無事終えた。

記録映像と会場の外に出す映像の担当だったため、映像技術8人とともに狭いコンクリートの部屋に居たから、本当に寒かった。コートやマフラーで会場の中を歩く訳にもいかず、久しぶりで芯から冷えた、という感じかな。

通夜の日は、夜まで何度も隙間の時間があったから、時々車に戻り読書。文庫本を持って行ってよかった。読んでいたのは井上靖の「しろばんば」。いつ買い求めたのか記憶にないのだが、ベットの脇にあったからこのところ就寝前に少しずつ読んでいる小説だ。登場人物の洪作少年の感受性や、大人びた観察力の表現に、妙に心惹かれる。

昔読んだ、住井すゑの「橋のない川」を読んでいるときの感覚に似ているなぁ・・・などと思うのである。あれも主人公は子供だった。(洪作少年はいい所の子供だけどね)

しかし、「しろばんば」を読み終えるには時間がかかる。ベットに入ってから読むものだから、読書は長くても一時間、そして小説は長い!(苦笑)

夕食時に新聞を読んでいない場合、たいていはベットに入ってから新聞を読む。新聞で終わる場合がほとんどで、夕食時に新聞を読んだ時だけ小説に手が伸びる。それも時々。だがこの小説は久しぶりに読んでも、それまでのストーリーをよく覚えているのだから不思議。

たいていの本は、ここ読んだっけかなぁ・・・という感じだから。

今日は何を書きかかったか定かではないが、船村先生の通夜という記憶に残る日に、この本を読んでいたんだということを書き留めたかったのかなぁ・・・かな。



2017年2月20日月曜日

「神社巡り」

16日の伊賀市の収録の後、伊勢神宮の外宮、内宮、ついでに猿田彦神社と久々に神社詣でをしてきた。昨年からあまりにも難儀な局面が多すぎて、神頼みの気持ちも無かったとは言えないが、なぜか無性に伊勢神宮に寄りたかったのだ。

外宮から回るのが常識なそうだが、そんなことはついぞ忘れて、伊勢市駅の前が外宮だったものだから外宮へ。おや?あの有名な「橋」がないぞ!?(ここでまだ外宮と内宮を理解していない)前回は観光バスで行ったものだから、土地勘も曖昧・・・すぐに気が付いたけどね。(なんだ、あの橋は内宮か・・・)

猿田彦神社では絵馬を買い求め願掛け?絵馬に張る保護シールなるものの存在を始めて知った。絵馬に願い事、なんて初めてかも。記憶にないな。

16日に話は戻るが、収録後携帯を点検すると「緊急」という文字のメールが。最近ネガティブな藤原は「また、何かあったわけ?・・・」みたいな負のエネルギーで物事を捉えてしまう。「9時40分ごろ電話に出てください」、とも書いてあった。益々嫌な予感・・・

話は別な意味でよくない情報だった。「まだ公表されていませんが船村先生が亡くなられたようです」。ひと月前、文化勲章受章パーティーをやったばかりなのに。

神社巡りを始めた頃からいろいろ電話が入る。通夜、葬儀の日時、記録映像が必要、今から手配できるか・・・18日が現地下見だが来られるか・・・

18日は急すぎて行けなかったから、さっきお寺の下見に行ってきた。会場外に映像を出すモニターも今、手配できた。カメラチームと予算の話もできた。土、日を挟んでしまったものだから、一度は「無理」という言葉が過ぎったのだが。

船村先生には番組でも大変お世話になった。お手伝いできるのはこれが最後になる。そう、「亡くなる」ということは「無くなる」ということなのだ。15日の夜にも親しい友人の訃報を聞いたばかりだった。こんな時、せめて神社巡りが出来て、良かった・・・

2017年2月6日月曜日

「笑いで始まる一日」

今朝、洗車のためガソリンスタンドに寄った。いつもの見慣れた女の子が「パパも洗いますか?」と聞いてくるから「え!?俺も洗うの?」というちぐはぐな会話になり・・・「中も洗いますかって・・・」と言った瞬間から彼女はよだれをたらさんばかりに笑った。

近所の美容院やその辺の店で俺を「パパ」と呼ぶ人がいるから、その延長線上にあったのだけれど、いきなり若い女の子から「パパも洗いますか?」なんてねぇ。洗って!!!

この土日は結構ゆっくりできた。昨日は少しだけ打ち合わせで出かけたのだが、出かけた先の事務所の社長がこれまた若い!女性。電話で話しているときはまだ慣れないお嬢さんかな?などと想像して出かけたのだがなんとまたかわいらしい顔をしたしっかり者。社長業14年目と聞いてまたびっくり。我が家のまだ20代の娘にこの話をしたら一言・・・「負けた!」。

先日、イギリスの大学院で、本人にとって未知の世界であるはずのビジネス専門コースでマネジメントを学んでいるらしい息子から、メールで「社長業」についての質問があった。昨日お目にかかった彼女に聞け!と言ってやりたいね(笑)

そんなこんなで2月だよ。今月も番組では無いお手伝いが続く。明日、明後日はある人の「お別れの会」の手伝いだ。撮影もするが某有名歌手が「献歌」をするらしく、前日リハーサルもある。頼まれれば二つ返事で引き受けてしまうが、大した売り上げになる仕事でもないから、一人でコツコツやることになる。いい人なんだよなぁ俺は・・・きっと。(苦笑)

ま、今朝一番、大笑いができたから、今日は良い一日であると信じよう。

2017年1月26日木曜日

「一月のスピード」

しばらくブログから離れているな、とは思っていたが、まさかこんなに日が過ぎていたとは。18日に船村徹文化勲章祝賀会の仕事を終え、翌19日は徳島県の鳴門市で番組収録だった。20日に帰ってきたのだがスタッフ一人インフルエンザでダウン。その余波で、土日の無い作業に突入、あぁなんていうことだこの余裕のなさ。

でも15日の日曜日には国立西洋美術館で開催されていたクラーナハ展に出向き、束の間絵画を楽しんだ。クラーナハ?何点かは写真で見た記憶があるが、名前も覚えられないね。前にも書いたが、画は好きか嫌いかが価値基準。美術館のあと、のんびりすればいいのに会社に直行、そろそろ休憩したい。

なんでブログに日付を書き入れているかって?すぐ忘れるからだ。

いい話もある。病で無菌室に入っているという知人に先日携帯メールを送った。きっと届くことはないだろうと思いながら「Happy Birthday」と送ったら、「ありがとうございます!」と返信が来たのだ。な、なんと携帯が手元にあるのか!?。でもすごくうれしかったね。職場の同僚にその事実を伝えるために電話したら「パソコンの上に置いてあったお守り、藤原さんですよね、先日机周りのものをまとめて病院に送ったとき、一緒に送りました」  ・・・ ・・・

そんこんなで1月も最終週だ。今度の週末こそ休めるのか?

で、明日の午前中は病院。高速を使って片道一時間強の高尾市の病院まで行く。その病院は老人専門病院で一般の外来患者はほとんどいないと思う。受付に行って院長を呼び出すのだ(笑)そして、あの薬をくれ、その薬も欲しい、血液検査も久しぶりだからみんな調べるか、と院長に俺が言う。

なんと偉そうな患者。でも親しいお医者様がいるのは良い。田中ちゃん、明日よろしくね!

2017年1月8日日曜日

「なにがめでたい」

「事実」と「現実」しかない。「悩んで解決することはなに何もない」。そう言ってやりたい奴が二人いる。自分と我が息子だ。

今朝新聞を広げたら、大きな活字で「佐藤愛子 90歳 なにがめでたい」という文言があった。エッセイ集の広告だった。先生、頑張るね・・・昨日先生からの年賀状を目にしたばかりだが「今年はゆっくり会いましょう、前回はあわただしかったから」と一筆添えられていた。佐藤先生は93歳だ。暖かくなったら、今年こそお目にかかろう、ゆっくりと。

実は今年届いた年賀状、ほとんど目を通していない。会社の机に積み上げたまま・・・あしたゆっくり目を通そう。今までの人生を思い起こしながら。

さて今日の日曜日は休むと決めたから自宅にいる。絵画展か花の展覧会に誘われたが今日はやめ。なぜ?寒いし雨だし(笑)

佐藤愛子さんの話に戻そう。先生との出会いは藤原がまだ30代だった頃。小田急デパート友の会主催のトークショーが定期的にあって、そこの司会者が藤原で佐藤先生はトークゲストだった。トークショーが終わったあと、今までのトークショーで、話しやすかったのはうつみ宮土理さんと藤原さんだわ、などと持ち上げられそれから細く長いお付き合いが続いている。やっぱり今年は逢っておこう。やっぱり。

18日は船村徹文化勲章授賞式パーティーがあり、パーティーの制作スタッフとして参加している。ここでしばらくぶりで北島さんにも会える。佐藤さんといい、北島さんといい、自分の人生を振り返るには十分な年月を関わってこられたと思う。

今日の雨、乾燥しきった空気と大地のためには、いいね。

2017年1月7日土曜日

「悩める者たちよ!怯むな!」

正直を言うと、まるで悪夢のような3か月間だった気がする。やることなすことマイナス作用が働いてまるで神様の悪戯か、と思うほど。以前にも困難は沢山あったはずなのだが、気力と体力の変化が、尚一層気持ちを締め付けるのかもしれない。

俺って、こんなに軟だったかなぁ・・・

ま、よからぬ結果は出てしまった。出たものは仕方がない。嘆いても仕方がない。ほらほら、だんだん気持ちが切り替わってきたぞ!

昨日、友人から「藤原さんお疲れのようですね」とメールが来た。「お孫さんをだいて抱いて日向ぼっこをすれば、元気になりますよ・・・」だと。俺は爺さんか!で、今朝そのメールを思い出して、孫を抱かせてもらった。そうだな、一瞬仕事を忘れられる瞬間だった。

そうそう昨日は強烈な二日酔い。朝も昼もまだ酔っていたし、さすが早々と退社して家に帰ってダウン。飲んだ5日の夜は風邪気味だったし極度に疲れていたから、日本酒2合でやめようと思いながら飲み始めた。しかし、まだまだ修行が足らないね。落ち込んでる風に思われたくないから、付き合いで焼酎を飲み始め、結果一人でデカ瓶1本、二人で2本飲んだはずだから。ずっとロックでね。途中から水割りにすればよかった(苦笑)きっと強気で陽気だったはずだよ。

どうやって帰ってきたのかよくわからない。だが、朝台所がご飯粒だらけだったといわれた。どうも電気釜に顔を突っ込んで飯を食ったらしい。全然記憶がない。かわいいね、俺って。

自分の欠点はそれなりに理解している。長所だろうと思える点もなんとなくわかる。ほかに自分を理解できていない点があるのだろうか?それがきっとあるんだろうな幾つになっても・・・

韓国の少女像問題のように、立場や環境が違えば、同じ問題が正反対の思惑となったりする。悩める者たちよ、俺に続け!(笑)

2017年1月5日木曜日

「年の初めに思うこと」

家族に「おめでとう!」と声をかけられて、新年を迎えたことをベットの中で知った。病で伏せていたわけではない。なぜか疲れ果てていて、一寸一休み程度の気分で10時ごろにベットイン。そのまま熟睡。もの心ついてからの人生で、年越しの瞬間をベットの中で迎えたという記憶がない・・・

そして昨日4日が仕事始め。5日の今日は収録でスタッフは全員スタジオだ。藤原は明日の会議用の構成案を今日中に作成しなくてはならないので、朝出演者に挨拶をしただけで会社で作業。作業・・・するつもりなのだがなかなか身が入らない。なんで~

初詣は例年のごとく近所の氏神様へ。そして何十年ぶりかで明治神宮にも参拝した。明治神宮はいつ行ったかも忘れるほど遠い記憶なのだが、なぜか込み合う明治神宮へ。やはり元日はすごい人出だった。ここでお守りを買った。病で寝込んでいる知人がいる。どうしても彼のためにお守りが欲しかったのだ。昨日年始回りのついでに、机のパソコン上に置いてきた。どうか一日も早く治癒しますように!

さて、ストレス食いをしているようなこんな時は、良書に触れるのが良い、と思ってベットに入りページをめくるのだがなかなか・・・元日の夜なんぞ、初夢を見るのが嫌で薬を飲んで寝た!(笑)

時間は楽しく過ごそうがイライラして過ごそうが、普通に過ぎていく。今年の抱負?う~ん、「爆発だ!」・・・意味不明(笑) 俺らしく、そして俺らしくなく、山坂超えるのかね、今年は。

2016年12月25日日曜日

「今日はクリスマス」

昨日のイヴの渋谷公園通りの人込みは本当にすごかった。明治神宮の初詣の列のごとく、信号もなかなか渡れない。青のイルミネーションは会社の帰りなどに毎日観ているから、綺麗だなとは思っていたのだが、そんなに評判になっていたなんて。今夜もきっと込むんだろうな。

「青の洞窟」と呼ばれていることを今日知った。人工雪も降らせるんだそうだ。場所が近すぎることと、一緒に見物する相手の居ないことが問題なんだな(苦笑)。何よりも、人込みが苦手だからだけど。

夕べ何年振りかで精神安定剤を服用した。ここ数年服用していない睡眠導入剤を探していたのだが「飲まない」と決めたときすべて処分してしまったらしい。薬用の引き出しに昔飲んでいた安定剤を見つけたものだからこれでもいいや、てな感じで飲んだのだが、薬にも服用期限がある。何年前に処方された薬?と疑問を持った時はすでに薬は胃袋の中!ま、生きてるし(笑)

そして今日はクリスマス。昨日のイヴも身の回りは静かなものだった。娘が出産したばかりだから、それどころではない感じなのだが、クリスマスプレゼント、クリスマスケーキ、クリスマスツリー、玄関前のクリスマスイルミネーション、すべて過去のイベントになった感じかな。

子供たちが子供だった頃は、結構派手に玄関回りに電飾を飾り、近所からも毎年楽しみにされていたのだが、一度やめると復活にかなりの労力をイメージしてしまう。今年は心理的余裕がなかったせいもあるが、来年は復活させようかな・・・自分のためにもね。

先日何かの雑誌に、歳をとったと感じる行動に「マメに洗車をしなくなる」というものがあった。事実だ。あれだけマメに洗車していたのに、いつも先延ばし。今日もスタンドに寄ろうと思っていたのに、明日でいいか・・・この繰り返し。午後、雨が降ることがわかっていても洗車に行っていた人だったのにねぇ。

さて、今日は会社に来たくなかったのだが、スタッフが働いていると思うとついつい来てしまった。社員にとってそれがいいのかどうかわからないが、当たり前のように出社してしまう・・・

さっきデパートの外商さんから電話。「年末に切れてしまうポイントがあります」。買い物・・・面倒なんだよなぁ今の俺。小さな神様、笑顔をください!

2016年12月23日金曜日

「もういくつ寝るとお正月」

どこから手を付けていいんだか、こんがらかる心。久々困難が直球でやってきた~てな感じかね。会社は来年25年目を迎える。よくやってきたな、という思いと、まだやるのかな、という思いが行ったり来たり。

今日久々に会社のベランダの花を植え替えた。一部枯れていたのは認識していたのだが気持ちが花に向かわない・・・久々だねこの感覚。思いっきり無駄銭を使いたい気分なのだが、物欲は無いし、性欲もない(笑)。

そう言えば、ふた月ほど前、仲のいい民放の若いプロデューサーと飲んだ時、こんな事を言っていた。僕は物欲もなければ性欲もない、食欲もない(本当に食わないのだ、キウリとセロリだけのような)、酒さえ飲んでればいいんです・・・人生を捨てているようなことを言いながら藤原としこたま飲んだのだが、今、無菌室に入院している。面会謝絶。藤原がいいやつだな、好きだな、と思う人はどこか変わっている。彼には早く回復してほしい。本当にそう願っている。

でこぼこの道を歩んできた。ほんとうにでこぼこだったなぁ。崖っぷちに強いと言われてきた。確かにそうだったと思う。ちょっと過去形かね。社会人50年生としては、51年かな、乗り越えるとか、耐えるとか、戦うとか、踏みとどまるとか、限りない経験を積んできたはずなのだが、いとも簡単に折れてしまうこともある。人間臭くていいけどね。

今日のブログ、時間がかかっている。(苦笑)いつもはサラサラと書くのにね。えーと、お年賀の発注は済んだ、年賀状は手付かず・・・机の上は紙が散乱・・・やるべきことが沢山あるんだが、今日はやらない!もういくつ寝るとお正月・・・

2016年12月20日火曜日

「笑顔の裏側」

日曜日はは忘年会だったが3,40分で抜けて編集室へ。だが結構早く帰って12時ごろには自宅にいた?かも。記憶にない(苦笑)それにしても我が社員もよく働く。結構過密スケジュールをこなしている。せめて風邪の予防にと、加湿器を一個買い足した。だが、水を入れようとする社員は居らず、結果藤原の仕事となる・・・俺は母親かぁ~!

今日は月曜だったらしいが曜日の感覚がないため、こんがらかる。給与の振り込みはした・・・海外送金もした・・・一日中パソコンと向き合って番組構成の準備もした・・・あと何をした?

気が付けば夜10時、ということになる。これでいいのか!?

家に帰ってテレビのニュースを見ていたら、小池都知事と築地市場の関係者のヒアリングというシーンを目にした。市場関係者が切実な訴えをしていたが、小池都知事は笑みを浮かべて返答していた。市場関係者はきっと命懸けだ。こんなやり取りを夢想した。

市場関係者「私たちは命懸けです。机上で論じているあなた方に、命懸けの方はいらっしゃるんですか?」
都知事「わたくしたちも皆様のご苦労を想うと尚いっそう頑張らなければならないと思います」
市場関係者「思うだけならだれでもできる。今流れている血が見えないのですか?」
都知事 にっこり笑いながら「その痛みに関しましては私どもも共有しているつもりです」
市場関係者「ならば、死にざまも共有できるんですか!知事殿!」

どうでもいい話だが、小池知事のにっこり返答が気になっただけ。
宝くじをカミさんと娘に手分けして買ってもらった。もちろんお金を渡してね。今年の自分は当たりそうもないから(笑)年末には10億円か?ははは、10日間は夢を見られる。はい!おしまい!

2016年12月18日日曜日

「ガラガラポンでいい感じ」

来年の話をしても、もう鬼は笑わない。そんな師走の風が吹いている。人々はみな異口同音に、あっという間だねぇ、早いねぇ、と口にする。そう、あっという間だ。

今年を振り返る・・・しんどい年だった。10年に一度、もしくは12年に一度、そんなレベルでしんどかった。このところ思う・・・10年前だったらもっと馬力があったよな、とか闘争精神が豊かだったよなとか・・・やはり歳を重ねたせいだろう。仕事はそれなりにこなしたが、精神を直撃する嵐に遭遇する。そんな一年だった。

ところで今日、以前お世話になったお坊さんの家を訪ねてきた。昔は何度も手を合わせた観音様の前に座り今年のお礼をつぶやいたのだが、来年は坊様が亡くなって17年目になるという。それこそ早い。まだお元気な奥様が、藤原さんにはお世話になったと繰り返す。そんなことないのに・・・藤原にとって手を合わせるものは神社でもお地蔵さんでもなんでもいいのだが、このお坊さんだけは別格だった。もう17年か・・・本当かな、とも思う。

さて、9時を過ぎスタッフが手伝っている生放送がいま終わった。これから番組の忘年会。生放送の番組を観ながら来年の番組の構成を今終えた・・・これで決着すれば良いのだが。胃薬飲みながら頑張るかね(苦笑)

しんどい話ばかりもしていられないね。赤ちゃんの名前が決まった。倫太朗君!愚痴っている大人もいれば、未来だけが開ける倫君もいる。ガラガラポンして、良しとするか!

2016年12月11日日曜日

「疲れを忘れるいい話」

20秒ほどの磐梯山の映像がほしくて、昨日三脚とカメラを担いで一人福島県の猪苗代町まで行ってきた。雪が舞い、驚くほど寒かった。空一面を雲が覆い、風は強く雪は降るし、一日を棒に振ったかなと諦めて道の駅に入った。レストランは混雑していたから、順番待ちリストに名前を書き込んでメニューを見ながら待っていると、どうやら晴れて来た気配!慌てて名前を消してカメラと三脚の準備を始めた。さっきの風と雪が急に止んで青空が見えた。「なんだ、今日のこの天気は!」周囲の人々も驚いている。

青空のあるうちに・・・慌てているものだから準備がうまく進まない。手はかじかんで指がうまく反応しないし。でも、寒さの中で2時間ほど粘ったかな。いつもなら性格上、もう少しポイントを変えていろんな画を撮ろうとするのだが、4時までに郡山に戻りたかった。早々に納得して4時30分の新幹線に間に合った。6時30分には新宿に居たかったのだ。

なぜ6時30分に新宿?8日に娘が出産したからだ。生んだ日は病院に顔を出せたのだが、その後行けてなかった。面会時間は夜8時までだと思っていたのだが、娘から7時までだとメールが・・・結局新宿駅の近くにある病院には三脚とカメラを担いで6時30分前につく事が出来た。疲れた・・・

出産は12月の28日が予定日ということになっていたから、余裕をこいていたのだが3週間も早い。赤ん坊はそれなりに体重もあったし、特に早産ということでもないらしい。計算間違いか?ま、母子とも元気だから神様に感謝、そんな気分かな。

今日は午前中のナレーションの収録に始まった日曜日だったが、さすがに7時で退社した。身体中疲労という感じ(苦笑)早くベットに入ればいいのにこれを書いている。さすがの貧乏性!

いい話もある。出産した日の夜、娘から母親にメールが来たそうだ。「ママ、私を生んでくれてありがとう」。 ・・・今朝だったか夕べだったかその話を聞いた。その瞬間、疲れを忘れた。

2016年12月1日木曜日

「笑顔願望」

444と書いて何と読む?フォフォフォ  簡単に発音すればホホホかな。なかなか読めないけど言われればなるほどね。最近気にいっているランチの店だ。Angel Number 444。

中学の同窓生が亡くなったとさっきメールが来た。続いたメールも訃報だった。届くはがきの多くは「喪中につき新年の・・・」という種類のはがきだ。先日もお別れの会に出席してきたが、周りでは人の命の入れ替わりが盛んにおこなわれている。つい、人生の残り時間をカウントしてしまうよね。

そんなこんなで11月はかなりハードだったかなぁ。せっかく始めたボート漕ぎの運動も、一度理由をつけて休んだら、どうも毎日理由がついて長期おやすみ・・・残念!続ける気はあるんだが、今日はくたびれ過ぎとか、朝はやめて夜にしようとか、今日は休むけど明日にしよう・・・とか、結構毎日言い訳の理由は見つかるものだ(笑)

先日PV2本の監督をしたが、結構PVの仕事は楽しいんだよね。若いスタッフのために開発した仕事なのになぜか藤原がやることに・・・社内的雰囲気も、社長がやるんでしょ的な雰囲気で誰も仕事に手を挙げない。これでいいんでしょうか。世間とのお付き合いの仕事も、それ社長でしょ、的な雰囲気が・・・俺もさ、番組もやれば監督もやれば構成演出もするでしょ、会社の雑務もこなしてんだからさぁ、少しは気の毒がれよ!こら社員!(苦笑)

来年1月に船村徹文化勲章受章記念パーティーがあるのだが、これの制作演出系を引き受けることになった。こんなお付き合い系の仕事は、社員は見て見ぬふりだな。「大変ですね・・・」ぐらいは言ってくれるけど。

今日は何?愚痴大会?いやいや、くたびれてんだよさすがに。愚痴って解決することは何もないけどね。そんな時、笑顔に出会うのがうれしいね。笑顔は、百薬の長だよまさに。そういえば東京に出てきた16歳のころ、「笑顔を笑顔で迎えられるそんな幸せを」と何かに書いた記憶がある。笑顔願望があったのかね、俺。

2016年11月15日火曜日

「風に吹かれて漂いたい」

先日、取材のため徳島県の鳴門市まで行ってきた。行ったついでに足を延ばしたのが「大塚国際美術館」。ここは陶板(いわゆるタイル)に名画を複写した作品を展示している美術館だ。入場料はなんと3,000以上した。ここでたまたま説明をしているおじさんの前で足を止めいろいろ質問しのだが、国会議事堂の屋根の一部もここの画を創っている会社の製品なそうだ。ついでに聞いてみた。墓石に自分の写真を入れることはできないの?なんてね。

面白いことを言っていたな。「普通の美術館は贋作を展示しないためのエネルギーを使うのに、ここの画はすべて偽物です」だって。そりゃそうだ。タイルに張り付けた複写だものね。工程なども詳しく教えてくれた。話を一通り聞いたら、画に対する興味はなくなったから、そこそこで引きあげたけどね。でも、それなりに勉強になった。

この取材旅があったせいかはともかく、仕事が片付かない。明日から長野の岡谷市に番組の収録で出向き17日の夜中に戻るのだが、18日は朝から来客で夕方から以前出向いた某大学でもう一度講義をするのだそうだ。だが、18日中に片付けなければならないことは他にもある。24日と28日のPVロケの準備は何もできていない・・・出演者サイドからはどんどん問い合わせがくる・・・12月5日の特番の構成が迫っている・・・間に合っていない!

と、まぁ忙しぶっぶっているだけなのだがね(笑)

昨日は作詞家の星野哲郎先生の7回忌だった。会場に流す映像のお手伝いをさせていただいた。嬉しかったのは、北島さんが出席したこと。完全回復とはいかないまでも、一人で歩き、力強い挨拶も聞けた。彼に「よかった」と言ったら「自分の足で立っているよ!」と笑顔。…あぁ良かった。

そして今日は作曲家の船村徹先生の文化勲章受章を祝う会の打ち合わせがあった。これもお手伝いすることに。人間関係による忙しさが多くて、会社の売り上げにはなかなか貢献できていないんだけどね。

でもこのところ、一寸隙間がなさすぎるかなぁ。隙間風が吹くよりは、いいけど。

2016年11月5日土曜日

「親の感性」

年末に第一子が生まれる予定の娘が、夫婦でまもなく実家に引っ越してくる。初期の子育ての時期を実家で過ごすのだそうだ。「あの娘がお産だなんてね・・・」そんな夫婦の会話で今日の朝が始まった。

初めてアメリカに留学させた時の事。彼女は19歳だったが、成田まで見送りに行き、父も母も当然のように泣いた。で、そのあとの虚無感を埋めることができないことを見越して、我々はそのまま観光の名目で韓国に向かった。娘の居ない家に帰るのが怖かったのだ。長男は娘の付き添いで一緒に行かせたから、家には誰もいない。

韓国のホテルに着き、それぞれが娘から渡されたい手紙を開け、嗚咽!恥ずかしいほどに・・・親子とはそうしたものなのか・・・まもなく孫を産もうとしている娘に思いを寄せたとき、そのさまざまが思い出されるのだ。

反比例するように思い出してしまうことがある。「あの時俺の母親は集団就職列車を見送りながら泣いただろうか・・・」「そんな訳ないよな、一人子供の口減らしができてほっとしていたはずだよな・・・」。そして決まって登場するシーンが。腎臓炎で入院した小学2年生の時の事。腎臓炎だから、味のついたものは一切食べられない典男少年。見舞いに来た母が、部屋にあった七輪で餅を焼いてうまそうに食った・・・

食い物の恨みは一生忘れない!(笑)

親に甘やかされた記憶を持たないものだから、息子も娘も結構甘やかして育てたと思う。「甘やかし過ぎですよ」という人もいるがその人に迷惑をかけているわけではない。娘を、息子を信じることで、迷いは消える。

人は育った環境で根性が決まる。両親の感性は子を育てることもあれば、将来的な苦痛を背負わせることもある。苦痛を背負わせるタイプの親は得てしてこう言う「あんなにあなたのことを思って大切に育てたのに!」

わが娘はどんな風に子供を育てるのかな。あの娘がねぇ・・・・・・ ニマニマしながら我儘娘の子育てを楽しむこととしよう。来年からね。

2016年10月31日月曜日

「健康寿命の呪縛」

やや「認知症」が入ったであろう80歳になる義父が数日間家に来ていた。食事の時間には起きて来るが他の時間はほぼ寝ている。食欲はあるのだが、無表情で食べ続け、食い終わるとスーっと夢遊病者のように立ち上がり、寝室に消えていく。

「健康寿命」の基準とはなんだ?肉体を言うのか、精神を言うのか?

2日ほど夕食を共にしたが、「男の一生とは?」のような思いが箸の先にまとわりつき、やや空気の重い食卓だった。明るく軽いノリの義父だったのだが・・・

俺は元気なうちに!あれもこれも!なんてことは思わないが、さまざまな現実に触れるたびに妙な気分になる。ま、いいか。ボート漕ぎも始めたし(笑)

今日、病院に行ったら前回検査したテストステロンの数値が出ていた。男性ホルモンのことだが、これが低くなると鬱のような気分に陥るから時々検査する。かなり低めだが範囲内。まだ馴染んでいない医者なので、いつも打っているのだが「プラセンタ打って」と言ったら、「いいんですか、女性ホルモンですよ、駄目になりますよ」といって医者は自分の股間部分でこぶしを下に振った!(笑)
「え?聞いたことないよ、肝臓にいいんだから」医者「肝臓にはいいんですが胎盤ですから・・・ね」とどうでもいい会話が続く。でも、この会話でこの先生とは少し馴染んだね。

ずっと主治医だった「田中ちゃん」が高尾の病院に行っちゃったから、近くにもわがままを言える医者が必要だ。「その薬いらない!あの薬が欲しい!あの注射打って!、薬は4週間分ね」とかいろいろ。そうだ、インフルエンザの予防注射を忘れてしまったよ。

そんなこんなで、人々は健康に留意する。今日の病院も年寄りで大繁盛していた。「ああ、年寄りばかりだ!」と勝手に思っていたのだが、病院側からしたら俺もきっと年寄りと一緒だよね。やれやれ、病院の待合室は気分を重くする要素を持っている。あ~ぁ。

2016年10月26日水曜日

「今日という日」

心が折れそうな気分になったのは10年ぶりくらい・・・もう2週間ほど前のことになるが、久々へこんだ。崖っぷちに強いと言われてきた藤原だが、どこかに「弱気」が・・・

ちょっと心がしんどくて、深酒をしたのだが、そのあと3日間ほど禁酒。酒を飲まないと時間ができる。以前成田空港で買って結局ページを開いていなかった村上春樹本を読んだ。禁酒一日目は数ページでダウン。二日目は1時間程度読んだらやめようと思って11時ころベットに入ったのだが、目がしょぼしょぼするまで読んだ。時計を見たらなんと午前3時。

そこまでタイトルも見ていなかった。だが読み進めるとなぜかはまっちゃううんだな、これが。彼のどの作品にも通じるのだが、時々出て来る性描写などもかなりリアリティーを持っている。さりげなく、だけど生々しく。「ノルウェイの森」しかり、「1Q84」しかり。奇想天外ふうな設定や描写も、ああ、こう来るな、と解るようになってきた。しかし、小説家は天才だと思う。次から次へとよくも考え付くよ。そして驚くほどの取材力。感心しながらまだ読み切れず、本はベットの脇に。夕べは数ページで、寝ちゃった・・・

心のバランスを維持するのは難しい。このところ家の床の間に置いてある「お守り」を身に着けている。らしくない、と思う人が居るかもしれないが、これが俺らしいのだ。会社を始めて、この状況は3回目かな。攻めの少ない藤原に、進軍ラッパを吹け!と誰か言ってくれ!(笑)

今日はスタッフがほとんど外出していたから、一人机に座っている時間が長かった。電話を留守電にして、宅急便だけ対応した。「飲みに来てほしい」となじみの小料理屋さんからメールがきた。う~ん、出かける気力がわかない。「いくいく、近いうちに、ごめんね」てな風に返信。

今夜、読み切れるかな、村上本。タイトル忘れた。なんか長いタイトルだったような。

2016年10月19日水曜日

「鍛える」

3年ぶりぐらいになるだろうか、久々ゴルフコースを回った。それも「薄暮」というやつで、15時ごろスタートで9ホールのみ。9ホールを終えるころには陽が陰り、そこからは打ったボールが見えない、という状況になる。ぎりぎり間に合ったけど。相手は御年75歳になる「じいさん」(笑)。

さて、カートに乗ってから何かが足りないと気付く。「スコアカード忘れた!」「いいよいいよ何個打ってもいいんだから」こんな会話をしながらいい加減なゴルフを始めた。結構ボールは飛んだよ、真っすぐに。もちろん林に直行したボールも、いくつかはあったけど。

彼、「愛ちゃんもう一個打ったら」僕「いやだ、せっかく真っすぐ飛んだからこれでいい」などと、たわいもない会話をしながら2時間ほど、つかの間現実を忘れて楽しむことができた日曜日だった。

そうそう、彼は今でも「愛ちゃん」と呼ぶ。40年ほどの付き合いだもんね。彼は禿げたし、俺もくたびれてきた・・・でも、それなりに楽しかった。朝から出かけてフルで回ろうとは思わないけどね。

最近、6年ほど使っていなかった「ボート漕ぎ」のマシンを使い始めた。寝室に置いたまま、6年以上は洋服の下に埋もれたりしていたのだが、急に思いついて漕ぎ始めた。体に緊張感を持たせないと、ズルズルとくたびれていきそうな気がしたからだ。

これは6年ほど前、還暦を祝った中学の同窓会に参加する時に買ったものだ。筋肉をたくましく鍛えてカッコよく同窓会に出席しようとの魂胆で買い求めたものだ(笑)。だから同窓会のあとは無用の長物だったわけ!

身体は鍛えれば結果がでる。メンタルな部分は、鍛えるなんてできるんだろうか・・・などと、今更ながら思ったりもする。                  

2016年10月7日金曜日

「55年という歳月」

5日に北島三郎さんの55周年を祝うパーティーがあった。50周年のときは東日本大震災があったので開催されず、周年を祝う会は10年ぶりなはずだ。手術のあとなので、歩行はなかなか辛そうだったが、そこは気丈な人だ。終始にこやかに対応していた。

たぶん、人が思っいてるい以上に自分にとっての歳月は北島さんに重なる。パーティーの会場に向かいながら考えた。彼が歌手をやめたら、自分の一つの時代も終わる・・・こういう気持を、文字に起こしたらなんと書くことになるのだろう・・・表現に困るのだ。

16歳の時の出会いから、66歳になった今も付かず離れずなんとなく近くにいる。どこか弱った北島三郎を目にすると、なんとも言い難い想いが自分を襲う。パーティーで使用された写真の中に「角度を変えて撮ってくれたらあそこに俺が居るのになぁ」という写真があった。「昭和43年、新宿コマ初座長公演」とテロップが打たれていた。あそこに、俺が居たんだよなぁ・・・

パ―ティーで顔を合わせた大勢の歌手の皆さんと、昨日の「日本のうた」の収録でも顔を合わせることになった。小林旭、大月みやこ、美川憲一、山本譲二、瀬川瑛子、「昨日はどうも、12時間ぶりですね・・・」のように。結構狭い世界で生きているんだよなぁ、などと思ったりもして。

今日、一人昼飯の帰り、気付いたことがある。歩くスピードがやたらとゆっくりだ。10年前はかなりせっかちな早歩きだった気がする。歩幅も小さくなった(気がする)。頭だけはめまぐるしくいろんなことを考えている(ような気がする)。

やや歩行に困難を伴う「55周年の北島三郎」の姿に接したことで、自分の生きるスピードを現実として捉えることになった。いや、捉えざるを得ないのだ。さまざまな目標値をどこに設定するか、とかね。

パーティーの途中、安倍晋三内閣総理大臣が祝辞のために駆け付けた。この国会の忙しい時に・・・北島三郎という小さな巨人に、改めて尊敬の念を抱いた瞬間でもあった。

2016年9月28日水曜日

「充実」

携帯に電話してもなかなか出ない。2、3度続く。周りに聞いてみたら、具合が悪くて出社していません・・・とか。古い友人だから気がかりだ。そして昨日は別人の訃報が。50年来の知人は入院、手術・・・。お互い歳を重ねてきたんだな、とつくづく思う。

だが、さっきベンツの新しいオープンカーの記事を見たら、一生に一度オープンカーも悪くはないかな、と思ったりして。これは元気な証拠なのか、負け惜しみなのか、はたまたやけくそなのか。

身の回りの重い空気をかき消したいだけなのかもしれない。颯爽と駆け抜けて。

さて、今年も「日本賞」の準備が始まった。皇太子さまをお迎えする恒例のイベントなのだが、え!あれからもう一年たったの!?充実していないと、時間の流れが速く感じるそうだ。机の前に居る時間が多すぎることが自分にイラつく原因でもあるんだよなぁ・・・充実かぁ・・・

夕べ長い夢をみた。どうもステージで歌を歌う夢だったような・・・そして不動産屋と家を売るような話をしていた。金額がちいさくてみみっちい話だったような(笑)一瞬目が覚めて「あぁ夢でよかった」と言ったような、思ったような・・・

そんなこんなでまもなく9月も終わる。先日近所の花屋のおばさんから「お孫さんは生まれたんですか~」と声をかけられた。「まだだよ、今はお楽しみ期間中!」と答えた。そうだそうだ、プライベートの充実がもうすぐやってくるんだっけ。オープンカー、いいかもなぁ・・・

2016年9月20日火曜日

「父親」

台風の影響にしても、激しい雨だ。こんな天気が何日か続いて、一気に秋が来るのだろうか。この夏、日焼けを楽しむ余裕もなかったな。

おなかの大きな娘が隣に座っていた。父は「こんなに大きくなったおなか・・・」と言いながらおなかをさすろうとして、あろうことか「おっぱいを!」・・・娘は以外にも平然と笑っていたが父は慌てて、そして大いに照れた。わざとではない!本当に偶然のなせる業だったのだ。

これが娘ではなく、嫁だったら「このクソジジイ!」だよね、と娘の旦那と笑った。いや、笑ってごまかした。ははは、本当にバツが悪かったよ。

娘の歩く後ろ姿を見て、幾度となく「平和」を感じた。いや平和ではなく「幸せ」だな。「こんな気分が幸せってことかな・・・」のようにね。そして昔を思い出す。最初の沐浴は、この父がしてあげたんだぞ~なんてね。

さてさて、そんなこんなで3連休が終わった。3連休したのは正月以来だ。なかなかハッピーだったね。そしてイギリスに居る息子からは行くべき大学院が決まったと連絡が来た。この父の出番はまだまだ続きそうだ。「これはきっと良いことだ、これはきっと良いことだ」と自分に言い聞かせる。

「いつまで働けばいいんだ!」とは決して思わないことにする(笑)。

2016年9月16日金曜日

「三山ひろしコンサート」

一生懸命とか必死とか前向きとか、それらを感じる人と仕事をするのは楽しい。一昨日の三山ひろしNHKホールコンサート、楽しんで演出ができた。ゲストの純烈の6人組、彼らにも同じことを感じる。それぞれが忙しいから合同のリハーサルは殆ど出来ず、バラバラのリハーサルを重ねて本番に臨むことになったのだが、奇跡的に合体(笑)。

オープニングは演奏中のバンドが一斉に手を挙げて彼を迎えるシーンだった。三山君には、迎えてくれるバンドに会釈は必要がないから、まっすぐにお客様だけを見て登場して!と念を押してあったのだが、本番でバンドと目が合ってしまったものだから、バンドへの会釈で登場。こら!ってもんだがこれが彼の人柄だね。

あれが、まっすぐお客様だけを見て登場できるようになったら、一段上がることになるのかな。

結構、手間暇かけて作り上げたステージだと思うが、お客様が喜んでいる様子伝わってきて、それなりに暖かくてよかったかな。

それにしても、夜が早くなったよね。夏が好きだというのは、日差しが好きだということと、夜が早く来ないということなのだ。バンドマンだったころ、ピアノの弾き語りだったころ、仕事に出る時間が暗い、と言うのが嫌だった・・・夜になってしまえば自分の世界だったけどね(笑)

さて、次は何に一生懸命になるとするか。いくつになっても、熱中できる仕事があるのがいいよね。番組は殆どスタッフに任せるようになったし、貧乏性藤原君は次の何かを探す。敬老の日を「祝ってもらう日」が来ないことを願って、コツコツとやるだな。

2016年9月13日火曜日

「根暗」

気分がすぐれない、と言うのはどういうことを言うのだ?体調が悪い感じ・・・やる気が起きないってな感じ・・・不愉快な感じ・・・?う~ん、なんだか気分がすぐれないのだ。

あかるく振る舞ってはいるのだがなんか気分が停滞・・・いちいち深めにものを考えてしまうし、サバサバ感を演じてはいるのだがサバサバなんかしていない。

そんなこんなに効きそうだというサプリメントをけっこうたくさん飲んでいるのだが、なぜか「こんな気分嫌だ!」ってな感じ。手が焼ける。男の更年期障害で片付けてしまえば楽なのだが。

何週間か前に雨漏りがして、天井が汚れたままだ。早く修理してもらいたいのだがまだ手つかずだ。こんなことにもイライラ腹が立つ。さっさと片づけないことに腹が立つのだ。借りたものをすぐ返さないとか、やるべきことをすぐやらないとか、せっかちを自任する藤原にとってストレスの原因はそこいらに散らばっている。

てなことを書いて、ストレス発散!

週末に、おなかの大きい娘夫婦と小旅行をする予定だ。(お!少し明るい気分になってきたぞ!)久々の温泉旅行だ。娘夫婦との旅は一年ほど前の沖縄以来だ。あの時はまだ結婚式前で、今回はすでにご懐妊でおなかも目立つ。まるで、深呼吸している間に地球が何百回転もしてしまったような感じかな。(ここでまた肩こりを感じてしまう・・・)

今日のお天気が良くないな。どんより空が重くて、夢の匂わない風が吹いて、中途半端な雨が止まない・・・(なんでこんなに根暗な俺?)

さて、気分を変えるか。明日はハッピーになりますように!

2016年9月3日土曜日


「進歩」

会社のベランダの日日草が元気だ。切っても切ってもどんどん伸びて来る。これは3段になっている最上段の日日草のはなし。二段目にも同じ日、同じ日日草を植えたのだが、これは貧弱無残。特に日差しの加減に差があるとは思えないのだが、発育も成長も全く違う。水やりも、まったく同じなのに・・・

土壌のせいかもしれないが、やっぱり何かが違うんだな。育つ花と育たない花、同じなのに・・・同じ様なことが社会の中にも言えるな。同じように接したつもりなのに・・・とか、同じ愛情を注いだはずなのに・・・とかね。期待通りにならない場合、「同じ」と言うことを免罪符にするような・・・あるよね。

妊娠中の娘から昨日「男の子だった」とメールが来た。確からしい。この娘には、生まれる直前まで「男の子」と思わされていたけど(笑)、確認の精度が上がっているんだね。来年には「のりピー」の出番がやってくるわけだ。「おじいちゃん」でもなく「じぃじぃ」でもなく「じじぃ」でもなく、「のりピー」です私は! 「典男」にはじまり「典ちゃん」・・・「のんちゃん」・・・「ボンタ」・・・「愛ちゃん」・・・「先生」・・・「パパ」・・・「社長」・・・「のりピー」と呼ばれ方が変わっていくんだ人生は(笑)

あ、そうそう「クソ社長!」てのも一回あったっけ。

そんなこんなで早9月。社長と呼ばれ始めて、25年ほどになるのかな・・・そうそう、会社を作ったばかりの頃は、社長と呼ぶことは厳禁だった。「藤原さん」と呼べ!なんて言ってたね。あの頃のリクルートの江副さんを真似たと思う。でも一年もしないうちに、あまりけじめがなさ過ぎて、今度は藤原と呼ぶな「社長」と呼べ!なんてね。歴史だ。

本当にたくさんの人と出会ってきた。これも歴史だ。これからどれだけの人たちと、どれだけ有意義な出会いができるのだろうか。電話に出ることすら嫌な時期があったけど、昨今は少し違うかも。進歩かな。

     

2016年8月26日金曜日

「俺の旅」

昨日、北海道の帯広まで日帰りで出かけてきた。以前には沖縄を日帰りしたことがあるから、大したことではないのだが。北海道まで行って、昼はコンビニのとんかつ弁当、帰りは空港で「イカ刺し定食」850円・・・

結構、全国をまわってはいるのだが、こんな調子だからどこに行ってもその街の記憶が残らない。帯広も何度も行っているのだが、いつ、何のために帯広のどこに行ったのか記憶にない。もっと困ることがある。例えば家族と旅行したとき、誰と何のために来たのか思い出せないことがあるから、うかつにこの街に来たことがあると言えない!(笑)

突然海外旅行をするが、ほとんど無計画だから、同じ国に何度行っても言語はほとんど話せない。通じようが通じまいが片言英語と思いっきり日本語で済ませてしまう。さすがに日帰りはないけど。韓国に一泊だけという旅はあったな。旅のツアーは嫌いだ。スケジュールをみるだけで嫌になる。到着翌日から「朝出発」「早朝出発」「午前出発」のオンパレードだ。

誰かの都合で、旅のスケジュールを管理されるのが嫌なのだ。以前社員旅行で韓国に行ったときはツアーだったが、連れまわされるのが嫌だったから翌日風邪をひいたと言って自分だけベットに残っていたら、韓国人の担当者が部屋に二人も来て、一緒に出掛けるよう説得された(笑)。社長がお財布係だということを前日の観光で知っていたから、連れて行きたいのは彼らの商売上の都合なのだ。おれは頭が痛いの!とか何とか言って無視していたら彼らはあきらめてくれたが。

先日久しぶりでソウルの友人から電話があった。「そろそろ来ませんか」。とてもいいやつで、空港に送り迎えをしてくれるし、食事の場所も連れて行ってくれる。だが彼、結構仕切るのだ。明日何時がいいですか?と聞いてはくれるのだが「10時に迎えに来ます」と決め、9時半ぐらいに「今ロビーにいます」となる。「お前が10時と言ったろ!」。

旅先では誰にも仕切られたくない。自分の時間で、自分の気の向いたほうへ向かい、気の向いたものを食って飲んで、好き勝手をするのがいいのだ。それが旅のだいご味!藤原にはね。

2016年8月23日火曜日

「どこにそんな才能が?」

昨日は、演出を担当している「三山ひろし」君のコンサートのリハーサルだった。そのリハーサル会場でおよそ50年ぶりに出会った人が居る。三山君の事務所の社長「松前ひろ子」さんだ。彼女は今とは違った芸名で、その時代「北島三郎」さんの前歌をやっていた。藤原はみんなから「ボンタ」と呼ばれるbass弾きだったから、松前さんの伴奏を2~3年やっていたことになる。あれから50年!(笑)松前さんは何度もこう言った。「どこにそんな才能があったんでしょうね!」。

笑い話ではないのだ。たぶん松前さんより少し年下だったはずの「ボンちゃん」が、久々に出会ったと思ったら、三山君の出る音楽番組を創っていたり、彼のNHKホールのコンサートの構成演出をしていたり、彼女にとっては想像を超える驚きだったに違いない。自分自身でも、その変化に驚くけど。

そう言えばさっき、「北島三郎55周年記念パーティー」の案内状が届いた。50年とか、55年とか、数字の大きさにすでに驚かない年齢になった。言えることは、みんな頑張っている、と言うことだ。皆さんは一筋の道を歩んでいる・・・藤原は?幾筋もの道を歩んできた。だが、誰かに一言書け、と言われたら、「一途に生きる」と書くことが多い。一筋ではなかったが一途ではあった・・・そう思いたい。

話は跳ぶが、会社の自分の部屋が雨漏りをした。犯人は上階の住人だ!上に住んでいる奴は誰だ!あっそうだ「大家」さんだ。さっき担当のおじさんが来て実況見分をしていったが、どうやら現在新しいオーナーは上には住んでおらず、ベランダが洪水状態だったらしい。「私が言ったと言わないでください」と担当のおじさんは言ったので、ここに書いた(笑)。悪いのは、大雨だってことか。

AM11時からの行くべき会議を失念!社員が一人出ていることを確認できたので、出席をあきらめこのブログを書いている。忘れちゃいけないよ、大切な会議を!小さな才能に満足していちゃいけないよ!失念を反省しろ!藤原!

2016年8月10日水曜日

「少年時代」

夏は大好きなのだが、さすがに暑いよ。この10日間か。7月の末に森昌子さんの収録があり、昨日が小林幸子さんだった。今日は15日に予定していた函館日帰りのインタビューロケをキャンセルした。内容に変更が出たからなのだが、航空券をキャンセルしたら半額以上キャンセル料をられた。そんなもんなのかね。3人分だったから、笑えないよね。

1日に都内の某大学で講義をしてきた。夏の集中講座だったから時間がいい加減で110分ぐらいしゃべってきたかな。生まれて初めて大学という学校の教室に入ったことになる。なんせ、学校は夜間高校1年の2学期までだったからなぁ・・・

泣ける歌と言うものがある。泣けるほどにいい歌、と言う意味ではなく、その歌を思い出すだけで涙が出てしまう歌、と言う意味だ。先日某プロデューサーと収録後飯を食っていた時の事。酒は当然飲んでいたが、何かの拍子で「思い出の歌」の話になった気がする。「俺の心の歌は三波春夫のおーい船方さんなんだよね」「それはまたどうして?」と言う具合に話が進んだ。「実は俺の親父は死んだと教えられていて・・・」「それがある日生きているとわかり・・・」

この辺のくだりはやや長くなるので先へ進むが「その時泣きながら歩いて帰ったときに唄っていたのがおーい船方さん・・・」と言い始めたら不覚にも涙がジョー~てな感じ。前にもこのくだりで「泣いた」ことがある。

すこし酒を飲んでいたりすると、「あのシーンのあの感情」がストレートに出てきてしまうのだ。子供時代に味わい、心に刻まれてしまったものは、呪縛のようになかなか解きほぐされないものらしい。
他にも、子供時代、死んでしまいたいぐらいの「淋しい」シーは沢山あった気がするが、ほかの「ネタ」は涙が出ない。なのに、これだけは泣ける。

純粋と葛藤と反抗と淋しさが掛け算をしているような少年時代だった気がする。夏が好き、とこだわるのも、あの時代の「何か」が作用している気がする。夏でも、タオルケットだけでは眠れない。重みのあるもので包まれていないと眠れないのだ。汗まみれになること、わかっているのにね。

2016年7月29日金曜日

「一服の清涼剤」

なんか疲れが抜けないなぁ・・・神経も今一つ、クリアーじゃないし。台本の書きが進まない・・・

今日は中野サンプラザの「川中美幸 40周年記念コンサート」に行ってきた。笑いっぱなし。本当に彼女のトークは人の心を掴む。疲れを忘れた2時間30分だった。いつ観ても楽しいコンサートなのだが、今日も絶好調!ステージの人だなぁ、とつくづく思うのだった。

明日は森昌子さんの収録。若いころ、好きだったなぁ。この前、本人に「本当にファンだった、昌子ちゃんが結婚するまで・・・」と言ったら周りのスタッフにいろいろ突っ込まれたっけ。(あれ、このこと前に書いたかな)

7月中に書き上げる、といった台本はまだ途中。明日は収録で時間がないし、あさっても午後は収録。8月1日は某大学で生徒に話をする日だから、また時間をとられるし・・・といろいろ言い訳を並べて台本の先延ばしを企てるわたくし(笑)。だが、リハーサルの日が迫りくる現実はあるから、焦っているのは確かなのだけれど。

9月に演出するステージはNHKホール。それこそサンプラザと神奈川県民ホールだとか大きいステージの演出はこなしてきているが、NHKホールはやはりケタ違いだよな。予算と関わる関係者の攻撃を上手に避けて(笑)のらりくらりと自分のスタイルに持っていくには、それなりの時間が必要ってことだ。(と、また先延ばしの言い訳を探す)

そうそう、楽しみもあるよ。明後日午前中、おなかの大きくなった娘を連れて近所の神社へ。腹にさらしを巻くためのなんか儀式をするそうだ。これ、なんか楽しみ!一服の清涼剤のような、そんな気分。どんなに気ぜわしくても、時々一服の清涼剤は必要だよな。このごろ、ますます思う。

2016年7月26日火曜日

「旅先あれこれ」

アジアのそれぞれの国で、日本語表記はありありがたいのだが、思わず首をひねったり微笑んだりする日本語訳に出会う。言わんとすることはわかるのだけどね。それはそてとして、この度(旅)、何度も泊まっているホテルでのエピソード。昼前、裸になってシャワーの態勢、左にひねってもお湯が出てこない。右にひねっても同じ・・・水・・・そのうち右にひねっていたらなんとなく水が暖かくなってきた気分。裸だし・・・フロントにいうのも面倒くさいし・・・(きっと通じないし)。風邪ひきそう・・・と思いながらシャワー終了。洗面所の方も同じ。お湯が出ない・・・(このホテル今工事中)なので工事のせいかも、と仕方なく納得し我慢。昨夜は遅かったから浴室は使っていなかったし、今夜もお湯が出なかったらいやだな・・・と思っていたら夕方風邪気味(の気分)。で、夜の清掃に来たおばさんを捕まえて訴えた。(お湯が出ない!風邪ひきそうだ!)このおばさん、蛇口をいじりながらこう宣う。お湯を出すなら左だ!と。左で出なかったから右にしたんじゃないか!どれどれ、流れ出る「水」を触ってみたらなんと「お湯」だ。左だ!お互い大笑いで一件落着!。なぁんだ、お湯、出るのか・・・左で。蛇口の取っ手をよく見たら左に赤い●が付いていた・・・当然右が青の●。

日本のように、ひねるとすぐ「お湯」がでる、という感覚で居るとこんな目に合う。このホテルは、左にひねってもなかなかお湯にならない、ということだけなのだ。俺はせっかちだから、こんな思い込みの間違いが起きる。右でしばらく待ったんだから、左も待てよ!ってか。



             
                    これはトイレにあった案内板
         
                    「トイレもすでに消毒を流すことに、
       安心してご使用いただけだった」

                     そうだったのか!納得!





       これは藤原の海外旅行用スーツケース
       大きいものも小さいものもこう書いてある
       「ORENO!」とか「ORENODA!」
       両面にね。
       こう書いてあれば、空港で荷物を
       間違えることはない。

       ま、飲み屋のボトルにもこう書くけどね。
       「俺の酒!」
                                  
                           

2016年7月15日金曜日

「今日この頃」

森昌子さんの事務所に彼女との打ち合わせのため行ってきた。何度も仕事はしているのだが、今回の打ち合わせは以前に増して彼女の素顔に触れた気がする。あの素直さと正直さはどこから来るのかね、と感心するほど。歌手として、女性として、数々の経験を積んできたはずなのに、「ナチュラル」を感じてしまう。若いころも大好きだったけど、今も、好きだな(笑)

いわゆる業界に長いこと身を置いているのだが、業界そのものは好きではない。むしろ嫌いかも。だが、嘘や駆け引きを感じない相手に接すると、まんざら嫌いでもないかな・・・と思ったりはするのだが。

7月ももう半ば、今月中に書き上げなければならない演出構成台本がある。殺陣芝居と歌を組み合わせた殺陣ミュージカル、と周囲には言っているのだが、中身は全くこれから。NHKホールに見合った中身で演出となると、チャッチャとやっつけると言うわけにもいかないし・・・と勝手に理屈をつけてズルズル先延ばし(苦笑)。やることを結構楽しんでいるけどね。なら、早くやれよ!ってか。

最近、彼どうしているかな・・・と思い出したりすると、突然電話がかかってくるというようなことが増えた。先日は、彼、どうしているかなぁと思いだしていたその当人が死んだという知らせがあった。二日前、歩きながら彼どうしているかなぁと連れにつぶやいていたら、今朝本当にしばらくぶりでなぜかその彼から電話があった。今日、打ち合わせに向かう車中で、「あの先生がね・・・」と話していたらその先生から着信ベル・・・。

訃報以外なら、なんでもOKだけどね。

誰を思い出そうかなぁ・・・まんざらでもない誰かいるかなぁ・・・仕事につながる人がいいなぁ・・・えっ!? 明日から世間は3連休だって?ほんとかよ!

2016年7月13日水曜日

「初体験」

結構長い間書いていなかったな。先日武道館で開催された「アイラブミュージカルズ」に行ってきた。「スリー・ファントムズ、奇跡の共演!」と題されたこのコンサート、圧倒的な歌唱力の名優たちの歌を堪能した。唯一の日本人、新妻聖子ちゃんも頑張ってたね。

なんといっても己で傑作だった観劇シーンがある。10日に水道橋の「宝生能楽堂」で開催された能と狂言に出かけてきたのだが・・・

劇場は初めてだったし、趣のある造作の空間で、得した気分に浸っていた。舞台から近いし、12,000円もする席だから、しっかり楽しもうと・・・
開演時間がやってきた。花道奥からゆっくりゆっくり歩を進める登場人物。厳かな気分に浸りながら興味深々。が、5分もすると急激な睡魔が・・・笛と小鼓、太鼓 「ヨォーゥ」「オォーゥ」なる掛け声(とは言わないのだろうが)が、気持ちよく眠りに誘うのだ。

 「ヨォーゥ」「オォーゥ」の声が実にまったりと、そして規則正しく、五感をとろけさせる。あまりの静寂の中でいびきをかいたらまずいな・・・という焦りを抱えながらどんどん眠りに落ちる。時々目を開けると「演者」はほぼ動き無く同じ場所に立っているし、前の席のおじさん、おばさんも眠りに落ちている・・・少し安心してまた眠りに落ちる。時々目を開けると「演者」はほぼ同じ場所に立っている。物語が進行している感覚が無いものだから、3,40分過ぎたかな・・・とおもって時計に目をやると、時計が狂っている!と錯覚したほど時間が過ぎていたのだ。

一演目1時間45分、演者はほぼ同じ場所でゆったり・・・ゆったり・・・「ヨォーゥ」・・・「オォーゥ」・・・眠れないと悩んでいる人が居たら「能の世界」をぜひおすすめしたい。

次の狂言を観たかったのだが、全演目で4時間・・・一日が終わってしまうと想い、途中退散して会社に来たのだった・・・仕事が残っていなければ、4時間寝ててもよかったんだけどね!

それにしても1時間45分の演目の間、1時間10分は寝ていただろうな・・・なんて初体験!だった。

2016年6月28日火曜日

「免許の更新に行ってきた」

「赤い点を見てください!」
(赤い点に視線をやると眼力が弱く見えてしまうかも・・・)
(すこし優しい表情がいいよな・・・)
「はい!終わりました!」
(また失敗だよ・・・、撮る前に少し余裕をくれよ・・・)

免許の更新に行ってきた。違反をしているから、今回も2時間の講習を受けた。前回の写真は黒いシャツにネクタイだったから、歳をとった分少し派手目に・・・とか思って白いジャケットを着て派手目のメガネをかけた。見方によっちゃヤクザみたいな恰好をして意気込んで出かけたのに、写真撮影は瞬時に終わり、目論みは全く生かされなかった!超残念!(笑)


さて、6月もまもなく終わる。雨の時期が早く終わればいいなぁ。嫌いだよ、梅雨の時期。そんな季節のせいだろうか、我が家の敷地内に生息する「カエル」君と遭遇した。


 ← 玄関わきの植木鉢の中に
   棲んでいるらしい。
   以前はもっとデカく
   て、緑色のカエルが居
   たからそれの子供か?
   
  どうも散歩中だったら
  しい。彼は遭遇したと
  たん驚いて 跳び上がっ
  たのだがここ迄!→
                                                                                                   

閑話休題
講習で知ったこと。70歳から高齢者扱いなそうだ。次の更新は3年後(優良じゃないから)、まだ70歳前だ。70、この数字、好きじゃないな。なんか次元の違う数字のような気がする。このところ、結構年齢に触れたブログを書いてきたが、年齢を語るのはやめる。気持ち悪くなってきた(笑)。で、免許証の写真の出来具合はどうだった?「見たかぁねぇよ!」。         
   

2016年6月22日水曜日

「この10日間」

さて、この10日間ほど何があったか・・・岩谷時子賞の受賞式に参加した。会場が「帝国ホテル」だとばかり思い込んでいて、ホテルの駐車場に入ってから間違いに気が付いた。「パレスホテル」だった。近くだったから授賞式にはぎりぎりセーフ。俳優の渡辺謙さんが受賞され、スピーチもなかなかカッコよかったよ。レセプション会場ではすぐ近くに彼が居たから、同行したKちゃんはこっそり写真を撮っていたね(笑)

他には一年ぶりでキムヨンジャさんのPVを撮った。「哀愁の酒」という新曲のPVなのだが、演歌の世界を無視してドラマチックに創った。収録後、彼女の陰暦での誕生日ということで池袋で飲んだ。そして飲みすぎた。彼女も相当ご機嫌だったが、藤原は翌日しっかり二日酔い。珍しく半日は会社で死んでたね。作品は?もちろん気にいってるよ。

他には「三山ひろし」君と「森進一」さんのコンサートに行った。森さんは50周年記念コンサートだったから中身の視察ってなことかな。

他に内科に行き、皮膚科に行き、歯医者に行った(笑)。歯医者はまた褒められたね。「綺麗にしていますね・・・」1時間ほど綺麗に磨いてもらって「また半年後に来てくださいね」の言葉に満足したのだが、「ゆうべ結構ニンニク食ったよなぁ」と思いながら言葉にはしなかった。

そうそう、先日知人と喫茶店で待ち合わせをした。時間と場所を決めるときの会話が「ほら、前〇〇の時に会ったあの喫茶店で15時ね」「あぁわかった、15日、15時ね」。藤原は15時ぴったりに出向いた。先方は老人だが時間には正確。なのに来ない・・・来ない。携帯で連絡すれば!?慌てて会社を飛び出したものだから、携帯を忘れた・・・今どきの喫茶店は公衆電話など無い。

30分待って店を出た。とりあえず会社に電話しよう・・・だが今度は公衆電話がない。渋谷駅前まで戻り、何年かぶりの公衆電話で会社に電話をしたら彼は別の喫茶店で待っているんだと。お互いに思い込み!結局約束から45分後に会えたのだが、日ごろすべて携帯に頼りすぎだね。約束をするときは、きちんと店の名前を確認しましょう!なのだが、店の名前をすぐ忘れる(笑)「ほらほら、あそこの、あれ、そうそう、あそこ」・・・間違いは起きるわけだ。(反省)

2016年6月9日木曜日

「ドリームガールズと誕生日」

何月だったか、「イケメン男子」というステージの演出をやったとき、「ドリームボーイズストーリー」というタイトルでミニミュージカル風歌謡ショーをやったのだが、タイトルはブロードウェイ・ミュージカル「ドリームガールズ」のパクリ。その本家の「ドリームガールズ」が日本に来ているというので、昨日観に行ってきた。

3度目の来日公演らしいが、藤原は初めて。8日は初日の舞台だったが東急シアターオーブの客席は満席。日本の会場はブロードウェイの劇場よりかなり広いし、現代的な創りの「箱」なので少し雰囲気は違ったが楽しんだ。

それにしても圧倒的な歌唱力。感動の拍手が鳴りやむまで芝居が時々少し止まる。舞台はほぼノーセット。灯りと映像と幕だけ、ってな舞台なのだが、なんと言っても歌唱力が勝っていた。結構舞台に近かったから、舞台両サイドの字幕を読む目線と舞台を見る目線の忙しさ!(笑)

ニューヨークのブロードウェイミュージカルは娘が高校2年生の時と19歳でアメリカ」に留学した時二人で何作品か観た。「美女と野獣」「マンマ・ミーア」「ウィキッド」・・・あとは何だったか・・・たぶん時差ぼけと戦いながら観劇しているから記憶に薄いのかも(笑)

娘ですら、「ドリームガールズ」はパパと観たかも、と言っていたぐらいだからね。(俺は初めてだよ!)

つい先日、劇団四季の「ライオンキング」を観に行ってきた。四季のライオンキングを観るのは2度目だったが、それなりに楽しめた。ただ、日本のミュージカルは、若い役者が「いくら貰っているのかなぁ」とか「歳とって食っていけるのかなぁ」とかいろんな現実的妄想が付随してくるので、海外で観るミュージカルほど楽しめない。

そんなこんなで、昨日は66回目の誕生日だった。社員はケーキで祝ってくれたし、カミさんは布で編んだ室内履き草履をくれた。イギリスに居る息子とサンクト・ペテルブルグの友人はお祝いメールをくれた。入院中の娘のメールが一番早かったけどね。あぁ望まなくても、歳を重ねる現実・・・


2016年6月6日月曜日

「青空が欲しい」

昨日の日曜日、「シルバーフェスタ~〇〇~2016」という催しに出かけてきた。サブタイトルに平均年齢88とあった。〇〇の部分は忘れてしまったが、いわゆる老人ホームで暮らすご老人たちの年に一回のお祭り、と言うわけ。歌あり、演奏あり、お芝居あり・・・という内容で、それこそ老人パワー炸裂!ということになるのだろうか。練馬の文化ホールというちゃんとした会館だった。

知人がこのお祭りの演出をボランティアでやっているとのことで、パンフレットをいただいたので覗いてみたのだ。ほとんど女性!男どもは早く死ぬ、ということだ。愛されている老人は、きっと家族が見に来ていて声援を送っているんだろうな・・・などと想像しながら、「現実の思い」と戦う時間でもあった。あまりにも身内の老人問題がリアリティーをもって肩に乗っかっているものだから、舞台のその光景が感動とか感激とは種類が違うのだ。

いずれあの舞台の上に自分が・・・ははは、冗談でも想像したくなかったね。それほど、舞台の上に「人生」とか「老後」が描き出されていた、ということになるのだが。

「美しい老人になりたい!」それは強く思ったね。

結構気を使っているよ。禿げない努力とか歯の手入れとか。この前なんか、整体のついでに「小顔」という施術も受けてみたし(笑)。サプリメントもそこそこね。ナルシストだからなぁ、俺。

老後の話はもういいとして。

6月、梅雨入りだ。大嫌いな雨の季節。「雨」に対するトラウマ、あるんだなこれが。青空を見上げた時の快感、いいんだよこれが。女も、青空みたいな女がいいね。今、会社のテレビの音声が聞こえてきている。某男性歌手がジメジメした歌を歌っている。お前ら!少しは前向きのスカッとした歌を歌えよ!って言ったやりたいのだが、番組で本人と会えば「良い歌ですね!あの歌!」と言うんだな、これが。そうして、こうして、人は歳を重ねていく・・・(笑)

2016年5月31日火曜日

「したたかな生き方とは」

先日、久しぶりで「なかにし礼」さんと会った。二人で一時間半ほど話し込んだのだが、お元気でなにより。すべてが衰えていないというか、前向きというか。大手術をした後とは思えなかったな。杖は手にしていたけどね。


待ち合わせたラウンジで、礼先生が注文したのは「タルト」。一通り注文を聞いたウェーターが去ってから先生に聞いた。「タルト」って何?(笑)俺知らねぇよ。

話は一気に進むことはなかったが、藤原も食い下がる。あれこれ言葉を駆使して説明と要望をするのだが、なかにしさん一言、「言葉じゃ負けないよ!」。そりゃそうだ。(笑)すべてかないません!
なかなか一筋縄ではいかない方だから、逆に闘志は沸くけど。

そんなこんなで5月が終わる。番組の仕事のない魔の3か月を前にして、胃を痛めていたのだが、以前に出していた提案6本のうち、年度内に4本採択になったとさっき電話があった。電話の主に一言。「あぁ~息がつける・・・」。本当にそんな気がするのだ。

昨日は、小さな音楽大学の先生が来て、一度でいいから学生に90分講義をしてくれないか、と言われた。俺が学校で講義?「おんなの口説き方」「ダジャレのすすめ」「転んでもただで起き上がるな!」とか講義する?中卒で集団就職の俺が学校で講義?ははは、ほんとかね。

ず~っといい人を演じて、なるべく出しゃばらない生き方をしてきた気がする。どちらかと言えば謙虚にね。バランスでいえば、攻撃より守り、攻めているようで、どこかで一歩引いてしまう・・・それもこれもい「いかっこし」だから。それか、本質的に気が小さいから。

それにしてもいろんな出会いがあった。その出会いの中に今の藤原が存在しているのだから、数々の出会いを大きなエネルギーに変えてもいいのに、どこかで遠慮してしまうんだよなぁ。生き方上手なだけで、仕事上手になれない。「もっとしたたか」、お題目にするかね。深呼吸して唱えてみよう。「もっとしたたか、もっとしたたか、もっとしたたか」。もっと舌かむ(笑)

2016年5月24日火曜日

「変わりゆく景色」

通勤途中にオリンピックスタジアムの工事現場がある。自宅のこんな近くでオリンピックが開催されるんだ・・・などと思いながら毎日通ることになるのだが、今は前の景色がなかなか思い出せない。そんなに意識したことがなかったせいだが、街中の景色は本当によく変わる。

自宅近くの公園で先日氏神様の例大祭があった。長年この公園で行われてきた祭りだが今年が最後らしい。公演を突っ切る新たな道路ができるのだ。きっとここの景色ももうすぐ変わる。そして前の景色を忘れて行く。何事もなかったかのように、新しい景色に馴染んでいく。いつもね。

東京の街の景色を記憶に留めるには、結構努力がいるよね。やれやれ。

さて、今年も会社のベランダに「ゴウヤ」の苗を植えた。ここの景色が変わっていくのはうれしい。毎日少しずつ成長していく姿は、けっこう楽しみ。でも、俺はじじいか?と思うこともある(笑)花や葉っぱをいじって「満足してんじゃねぇよ!」ってな気分になることもあるんだな、これが。

そして年末には家族の景色が変わる予定だ。「孫」だって!。う~ん、これに関してのコメントはこれ以上はやめておこう。ますます「じじい」の世界に入り込みそうだから。

そして季節は移り替わる。もうすぐ歳を重ねる。今のパスポートの写真を撮った時、「じじい」みたいでいやだった。今その写真を見て、若かったなぁ・・・などと思うのはなぜ?免許証ももうすぐ更新だ。そこに張られる写真が、前の「景色」のままだったらいいのにね。あぁ、きれいな「景色」で居たいってか!(笑)

2016年5月19日木曜日

「思いつき」

国立西洋美術館で開催されている「カラヴァッジョ展」に行ってきた。特に興味があったわけではなかったのだが、テレビで何度も放送していたものだから、そんなら・・・と。そうしたらあの建物が世界遺産登録だって。普通の建物だけどね、なんて思ったりして。

ルーブルとかエルミタージュとかメトロポリタンとか、美術館は結構見て回っているが、特に美術愛好家というわけでもない。花が好きでも花の種類が分からないのと同じように、絵画や美術品を鑑賞はするのだがそれ以上ではない。「確かあそこで鑑賞したあれは誰だっけ、ほら、あれあれ、ハスの花・・・あぁモネね」というレベルで今日まで来てしまったから、時々鑑賞したことすら忘れている。広く浅く、まさにそれを実践しているがのごとく、の生き方(笑)。

「こだわらない」とは違うんだな。本質的に「興味がない」という方が近いかもしれない。でも、学ぼう精神でいろいろ試みる、のだが、広く浅すぎて蓄積されていないような・・・気もする。

さて、今年も会社に恐怖の空白期間が生まれようとしている。恐怖を打ち消すためにいろいろなことを考える。番組の提案はもちろん、毎日を忙しく過ごすための何かを求めて・・・。こうして机に座っていても恐怖を覚えるのだ。座っているようではいけない!というように。

9月に結構大きなステージの構成演出をやることになった。ならばもっと大きな舞台を仕掛けようかな・・・と思いつき、動くことにした。イメージは1万人集客規模のコンサート。成功の確率?そんなもん分かるわけがない。「やる」lという決心と「とにかく動く」しか、スタートの方法はないのだから。心配が先に来たら、スタートすらできない。心配はないのか?もちろん心配だらけ、本音はどこに?(笑)

若いころは「思いつき」だけですぐスタートできた。結構やり遂げてきたと思う。今?妙に安全運転だ。そんな自分にイラつきながら来月はまた歳を重ねる。この繰り返し、いつまで続く?いや、いつまで続けられる?かな。「思いつき」、大事だよ。きっと絵画鑑賞も、そういう意味では無駄になってはいないね、きっと。

2016年5月10日火曜日

「保険」

銀行の担当者が来て、年金型の保険商品で毎月一定額を支払い、10年後にようやく権利が発生するという商品の勧誘をされた。「俺、いまいくつだと思っている?10年支払え?75歳までこれから積み立てを続ける?60前の人間に勧めろよ!」「それはそうなんですが、社長ならなんとかやっていただけるかと・・・」

そのやり取りの結果は想像に任せるとして、今から10年先の人生を「読めないよなぁ」とつくづく思ってしまった。積み立てる、ということは収入が無いといけないということだ。もう50年間も働いているのだから・・・あとまだ10年か・・・という思い。ま、死ぬまで働くんだろうが、保険のために働くこともなかろう・・・と。

しかし銀行のH君だけが喜ぶことになろうとしている。

そんな小さな葛藤をしているときに限って、イギリスに居る息子からメールが。学費と滞在費に関する経費のメールだ。要は「金送れ」ということなのだが。毎日、円高円安の情報が気になる。送るタイミングになるとなぜか円安に振れる。娘の時代から続いているから、結構馬鹿にならない。

働き続けるということが天命なのか宿命なのか。でも俺、「保険」という名前が付くものが大嫌いなんだよね。許せるのはまぁ自動車保険だけかな。

でも、火災保険も疾病保険も掛けてるよな・・・

保険が「嫌い」という原因はわかっている。物心ついたころ母親が保険の外交員をやっていた。その時代のトラウマだ。保険はやっぱり嫌いだ。

だが、銀行のH君がもうすぐ契約書を持ってやってくる・・・最も嫌いな介護保険の年齢になってしまったと思ったら、次は「たのしみ未来」というどうでもいい保険だ。誰か、俺の「こんな精神」に保険を掛けてくれない?!

2016年5月6日金曜日

「思い出さんに こんにちわ」

ゴールデンウイークはいつまで?昨日までか?日曜までか?などどうでもいい疑問だが、世間はまだ休日週間気分であることは間違いないね。会社の電話はほとんど鳴らないし、世間もなんとなく静かな気もする。3,4日とOFFにして静岡の家内の実家に行ってきた。やや、年齢相応になってきた義父の見舞いも兼ねて行ってきたのだが、片道たったの200キロ程度なのに、なぜか遠く感じるようになってきた。静岡なんて、すぐそこだったのに。

さっき、新聞の記事をもとに伊勢志摩までの道のりを検索したら500キロ程度。「あ、無理!」と瞬時に思ってしまった自分にびっくり。でも、去年は岩手まで往復したけどね。

静岡の帰り、日用品などを扱う大型店に寄った。本来、買い物はあまり好きではないのだが、買い求めたのは会社の備品ばかり。履物、、ゴミ袋、ゴミ箱、ブックエンド、ベランダの整理箱などの各種整理用品etc. 洗面所に置こうと思った歯ブラシが見当たらない・・・(苦笑)

せっかくOFFなんだから、会社から少し離れろよ、ってなもんだが、会社に人が居ないとおもうと、頭が片付け脳になってしまうらしい。いつものことだ。だから人から「藤原さんはお母さん」とい言われてしまう所以かも。で、昨日の5日は邪魔されることなく会社を綺麗にしようと思って出社したら、なんと3人ほど仕事をしていやがる!のだ。仕事をしているものだから、目論んでいた場所を2か所ほど整理できず断念。でも、結構整理整頓は出来たね。ベランダの花も「日日草」に植え替えたし。

もう一仕事、と思っていたところに家からメール。「あみが(娘)来てますよ」。即返信「じゃぁ帰る!」そんなんで3日間は終わってしまったよ。

そんな娘にどうやら赤ちゃんができたらしい。赤ちゃんだよ、来週病院に行くそうだが、「気持ちが悪い」と言い続けている。今日、職場から「気持ちが悪くて死にそう!」というメールが来ていた。あぁ、あの娘がお母さんだって!見慣れていたはずの街並みがどんどん変わって以前の景色を忘れてしまうように、あぁ、家族の景色が変わってゆく。それがいつの日か「自然色」になっていくんだな。時々、思い出さんに「こんにちわ」をしておかなくちゃ!

2016年4月28日木曜日

「意地悪」

わが社の取引銀行の担当はH君という若い主任さんだ。なかなか「いじりがい」があって楽しい。昨日会社に電話があり、「先日はお借入れいただいてありがとうございました」(借りた)「今日は別なお願いがあってお電話しました。保険商品が・・・」とかなんとか言っている。俺「今、会社から?」H君「ハイ会社からです」俺「わかった、じゃぁそこで社長のチンコ元気ですか?と言ってみて。そうしたら話聞いてやる!」・・・「勘弁してくださいよ!首になっちゃいます!」

これが朝の会話だ。朝の会話としてはとても上品でよろしい。それからいろいろ話して、「今日は会えないけどさっき言ったこと大きな声で復唱して!来週話聞いてやる」H君「勘弁してくださいよぅ~」。

銀行に対してなんとぞんざいな態度。借金が大嫌いだから偉そうなのだが、会社を経営していれば借り入れも必要な場合もある。で、頭下げたくないからあの手この手で偉そうにしている。以前は信用保証協会に来い、と言われて「そっちも仕事なんだからこっちに来い!」と呼びつけたことがあった。まだまだ若かったな、すぐキレていたから。

本質的には優しい人間だと思っているのだが、昔からなぜか「公務員系」に腹が立つタイプ。お巡りさん、税務署職員、ほか役所系。先日行った世田谷区役所の窓口でも、もう少しで怒り出すところだった。なぜか知らないがどこか上目線的。一見丁寧にしゃべっているつもりだろうが、お前ら民間へ行ったら役にたたねぇよ」てな気分になってしまうんだな、これが。それもこれも、若いころに味わった様々な経験からくる被害妄想ってなやつかもしれない。

会社を作るときの事、とにかく銀行に口座が必要なので近所の銀行にいって開設を頼んだ。そのとき出てきた行員「ゴム印も作ってないんですか?!」まるで上から目線で偉そう。その銀行で口座はとりあえず作ったものの全く利用しなかったね。そして今の銀行、小さな銀行だったから、偉そうにしていても付き合ってくれた。クライアントにならいくらでも頭を下げるんだけど、銀行や警察や役所で絶対に頭を下げたくない。これ病的(笑)

さて、わが社の新しい担当さんのH君、もう担当何代目になるんだろうか。いじめがいがあって楽しいよ。俺、こんなに意地悪だったかなぁ。

2016年4月22日金曜日

「無駄話」

鳥取市まで番組の収録のため行ってきた。国内線のシニア割引という方法を使って初めて飛行機に搭乗。話には聞いていたが意外と簡単に購入できた。ついこの前までは、あちこちのシニア割引というシステムに反抗的だったのにな。先日出かけた美術館も、200円の割引だった。割り引いてもらったけど(笑)

新宿にある東郷青児美術館で「フランスの風景 樹をめぐる物語」と題された樹をテーマとした作品の数々を鑑賞してきたのだが、それなりに楽しかった。だがやはり東郷青児の収蔵作品が一番よかったな。ゴッホの「ひまわり」もあった。一時間ほど、200円引きで楽しんだよ。(笑)

65歳になって、あれこれ得していると思ったら大間違いだね。介護保険料の徴収というものが始まり、得していると思っている金額よりもっと大きな金額を支払っているんだよね。それもこれも、生きている、という実感の上に成り立ってはいるのだけれど。

で、鳥取市で何してきたかって?飲んできた。初日の夜は6時半に待ち合わせて、男二人で3軒、12時半まで。6時間も飲んでいたってことか?朝方5時ごろまで、靴を履いたままベットの上で寝ていた!でも、10時ごろには頑張って会場に入ったけどね。はつらつと・・・

収録が終わった昨日の2日目の夜、さすがに飲むのは少し控えて、飯を多めに食ったよ。おかげで疲れてはいるけど今日は元気だ。会社には午後2時過ぎに到着、まだ会社にいる。明日、一日の時間を提案書きに使うつもりだが、そのためにはそろそろ帰るかね。何を書きたかったって?無駄話を書きたかっただけ!脳みそが、集中することを拒んでいるから。あ~ぁ やっぱり疲れているよ。

2016年4月13日水曜日

「心は晴れ!?」

10日の日曜日に桜の映像を撮りに河口湖まで行ってきた。混雑を予想していたのだが、まだ満開ではなかったので人出はそれほどでもなかった。だが、圧倒的に多かったのは外国人。ここにもそこにもあっちにも、てな感じ。中でも中国人かな、多かったかな。新婚カップルだろうか、カメラマンを連れてきていて、藤原がここで撮ろうかな、と思ったポイントでずっとしゃべりながらあっちへ行ったりこっちへ来たり・・・早くどこかへ行ってくれないかなぁ、という藤原の期待を裏切って、ぶちゅぶちゅキスシーンを撮ったり跳ねたり・・・いいんだけどね・・・

あいにく曇り空だったので、富士山も桜越しに撮れてはいるものの、今一つ。予報では晴れ、だったんだけどなぁ。晴れた日にもう一度、と思ったのだが晴れている日は時間が無く、行けそうな日は雨だったり曇りだったり・・・諦めないぞ、こんなんで去年も撮りそこなったんだから。だが、桜の命は短い。晴れた日にもう一度撮らないと、悔しいなぁ。

一滴も飲まなかったわけではないが、2日ほど酒を控えてみた。体が軽い感じがする。一杯飲んでとにかく飯を食ってしまう。余分かな、と思うほど食ってから、なるべく早くコーヒーとかお茶にした。2日間とも、早く目が覚めたよ。パソコンを少しいじってからまたいつもの時間まで寝てやった。なんとなく眠れた気がするが、どこかで何かと葛藤している。この努力は何のため?(笑)

さて、時間が早く過ぎ去る4月よ。置いてきぼりにしないでくれよ。気持ちは若いつもりだが、時々足が上がっていないことがあるんだよ。飲んでも飲まなくても、すっきり目覚める朝が欲しいね。「心は晴れ!」と叫びたい!

2016年4月5日火曜日

「4月5日」

4月5日が会社の創立記念日だということを、昨日の夜まですっかり忘れていた。自分の誕生日を忘れるようなものだが。そして今日から、23年目に突入ということだ。朝会社に向かいながら、同じ場所に同じように20年以上も通っているのか・・・などとふと思った。同じように続けられてこられたことがハッピーなのか、同じことしかできていないことが不甲斐ないのか・・・いずれにしても23年目という歴史は変わらない。

先日、2本のコンサートの構成演出を立て続けにやった。なぜ俺が舞台の演出を?などと素朴な疑問を抱きながら、これがまたやってしまう。楽しんでいるか、と言ったらそうでもない。結構苦痛なのだが、始めたら手を抜けない。手を抜けないから苦痛なのかもしれないが。もう二度とやらない!などと言いながらまた手を染めてしまう。繰り返し・・・

歌手か役者を目指して15歳で上京し、作詞家と作曲家を目指して歌の先生をやり、どれも大成しないとわかるとテレビ番組を創りはじめ、話があれば舞台の演出もやり、あぁ俺は「どこから来て、どこへ行くのか?!」となるわけだ。本当に、どこへ行くのか・・・

酒の量を少し減らさないといけないな、と思い始めた今日この頃。時間がもったいない、と思うことが増えたからだが。酒を少量にした翌朝は目覚めが気持ちいいし、次の動きが案外早い。この思いが実行に移せれば、藤原大した者!なのだが・・・せめて少しだけでも意識することにしよう。

4月5日をスルーしないように、昼飯は「釜飯」をオーダーしてスタッフと食った。全員集まることはできなかったが、意識の中に「今日という日」が残ったと思う。「今日という日」よ、ありがとう!

2016年4月4日月曜日

「4月のスピード」

4月のスピード。暖かくなった分早いのかな・・・桜、一気に咲いたと思ったら昨日も雨、今日は風、明日も雨か?散り急ぐな桜たちよ!早すぎる!

でも、やっぱり春は時間のスピードが速いよね。花も樹木もどんどん変化するからそう感じるのかもしれない。街には学生と社会人のピカピカの一年生がいっぱい。初々しいしほほえましい。頑張れ一年生!

散り急ぐのは桜ばかりじゃない。さっき長年の友人の奥さんが亡くなったという報に接した。「急に話し相手が居なくなって・・・」と無理を感じる元気な声で彼は言ってた。晩年をどう充実させるか、そんなテーマを思わす出来事が多くなった。

今日、友人とコーヒー店に入ってトイレを拝借。そのコーヒー店のトイレになかなか名言が書かれていたので、手拭きの紙にメモしてきた。「真剣だと知恵が出る 中途半端だと愚痴がでる いい加減だと言い訳ばかり」。なるほどね、飲み屋のトイレだといろいろ書いてある店は多いが、コーヒー店では珍しい。その文言、ちょいと拝借!

「真剣だと知恵が出る」「ちゅうと半端だと愚痴が出る」、この二つは肝に銘じたい。いい加減は、性格的にあまりないだろうから、ちゃらっといい加減に流して、誰が書いたか知らないトイレの名言に感謝しよう(笑)

4月よ、俺を置き去りにするな!そのスピードについていく知恵を!知恵を!・・・さて、この後どう〆るかね、知恵がないよ(これは愚痴)。お後がよろしいようで。

2016年3月30日水曜日

「元気印の衣」

昨年末に申し込んだ「ふるさと納税」の最後の一件分、肉の詰め合わせが先日届いた。どこの町にいつ何を?と忘れていたから、まぁ得した気分かな。霜降りのステーキ肉としゃぶしゃぶ用肉と、ほかに焼き肉用。これだけの肉をどうやって食うんだ?と思いつつ冷凍庫へ。

親しい寿司店の夫婦を招待して肉パーティーをやろうということになった。もうすこし暖かくなったらね。年末にフグを沢山持ってきてくれたから。

先日、東京で40年間暮らした母親を岩手の介護付き住宅という施設に送り届けてきた。向こうには長男がいるから「最後はお前が面倒見ろ!」と脅かして(笑)40年前に東京に呼び寄せて、親孝行のつもりで過ごしてきた40年だったが、長い道のりだった。急転直下、状況が変わったのだが、状況を呼び寄せたのは藤原の一言。「お前は卑怯者!」だ。ここからすべてが始まった。

何かを成し遂げたかったら、とにかく行動を起こす。これ鉄則だね。わかってはいるのだが、何かにつけ情が優先したりする。情に縛られていたら停滞するだけ・・・

で、明日で今年度が終わる。4月から会社は23年目を迎えることになる。23年・・・これって長いの?短いの?確かに年齢は重ねたし、さまざまな状況が大きく変わった。気力も違ってきたし、体力も違ってきた。同じ姿勢を続けていると次の動作で「あ,いたた」だし。(笑)

これからを「生きる」、これからを「生きていく」、これからの「生き様」・・・生きるという宿命を背負ったものは、どこから来てどこへ行くのか・・・などと宣っているうちに出かける時間が来た。71歳で召された知人の「通夜」に出かけなければならない。さて、元気印の衣を着るか!

2016年3月19日土曜日

「木蓮の花2」

家に帰って、木蓮の花の区別がつくようになったとカミさんに言った。「俺、花が好きな割に花のこと何にも知らないからね」。返事が的を射ている。「大丈夫よ、桜とチューリップの区別はついているから」・・・ ・・・。

こんなとき、笑えばいいのか悲しむのがいいのか。けだし名言だけどね。今日は何も考えずに寝ることにする。モクレンの花よ、ありがとう!おやすみ。

2016年3月18日金曜日

「木蘭の花」

一週間が早すぎる、かどうか・・・結果を残していないのに時間ばかりが過ぎてゆく気がする。ホワイトデー?しっかり失念した。3月?気ぜわしい。決算月だし、新年度の目標値が見えてこないし・・・などなど、心ばかりが慌ただしいのだ。

白いモクレンがちょうど季節だ。意識するとあちこちにあることに気が付く。背が高すぎて見上げることになるのだが、本当は「あれ」がモクレンだったなんて知らなかった。花は好きなのだが、いたって種類には無頓着なのだ。春の花は命が短いよね。モクレンも桜も。待ちわびて待ちわびて、少し楽しめるのかな・・・と思っているうちに散ってしまうもの。

モクレンの歴史は古いんだと。一億年も前からという説もある。「地球上の最古の花木」とも言われているらしい。知らなかったよ・・・知ろうともしなかったけど。じゃぁなぜモクレン?「木蘭の涙」という歌がある。それも最近知ったのだが、その歌のイメージ映像を作ることになった。モクレンって、どんな花だっけ?スタートはそこから。

え?今の季節なの?何、開花したら一週間程度?慌てて気にかけて街を歩いてみたら、丁度今の時期らしく意識するとあるある。もしかして、と思って代々木公園に行ったら、やっぱりあったよ。まさに咲いたばかりと思えるモクレンの木が。群生していなかったから桜のような華やかさはないが、清楚を感じるきれいな花だ。すぐ撮影したが、また一つ利口になったね。モクレンがどんな花か知ったから(笑)やれやれ、この歳になっても知らないことが多すぎる!

この頃、夜寝る前に考え事をすると、とてもイラついていることに気が付く。腹立たしかったり、悔しかったり。気分悪いままベットに入るのだが、朝目が覚めて同じことを考えてみると、なぜか穏やかな気持ちになっている。なら昨夜の怒りはなんだったの・・・ ・・・?

朝思うのだ。寝る前には深い考え事をしないようにしよう!とね。しばらくの間は、ベットに入ったらモクレンを思い浮かべよう。穏やかな気持ちになれる・・・モクレンはそんな花木のような気がする。

2016年3月11日金曜日

「救う人、救われる人」
 
 
カラオケ音源のを制作してくれる音楽家がいる。初めてのお付き合いだ。何度も修正を頼んだ。彼はその都度、快く引き受けてくれた。「請け負った仕事ですから、当たり前です」・・・
 
今日、修正の回数が増えたのでこうメールした。
 
「本当に恐縮です。 藤原、以前は音楽屋ですので、なぜかしら心の負担が増します。 ありがとうございます。」
   
そうしたら、すぐにこんな返信があった。
 
「藤原さんが音楽家であることは、すぐに分かりました。ミュージシャン同士のやり取りそのものでしたから。そのお陰で、ストレスなく、さっさと修正作業が出来ています。後はよろしくお願いいたします!」
 
今日はなぜかくたびれた一日だった。だが、このメールで救われたよ。
 
いいやつだ。いいやつは、きっと神が見捨てない。俺の後に!救われて!!!(笑)

2016年3月9日水曜日

「魔のAM3時15分」

あと一ページで終わる!そう思った瞬間、何だか音がしてパソコンの画面が突然消えた。Windows Updateというおぞましき文字が躍る。今まで何時間もかけて書いた台本は???、いや待てよ、消えるはずがない!だが初めての経験だ。時は午前3時15分・・・。

ゆっくり数字が出る。1%・・・5%・・・ ふざけんなよ、何時だと思ってるんだ、4時までには終えるつもりなのに!だが数字はなかなか動かない。焦るな、焦るな。

30分、60分、待てども画面は回復しない。1時間10分、画面が戻った!と思ったら「新しい機能が追加されました」・・・「✖✖✖」そして「さあ 始めましょう!」ときたもんだ。ふざけんなよ!!!

その時間をどう過ごしたか?飲みたくもないウイスキーに手を出し、冷蔵庫に残っていたワインを口に含み、新聞を読んで気を紛らわした。そして時間がもったいないと思いはじめ、机周りの整理を始めた。もう午前4時半だよ!と思いながら。

しかし痛感したね。パソコンなんて結局外からコントロールされてんだ。自分のものであって自分のものじゃないんだよ、って。しかし、頼んでもいないのになぜAM3時15分にそれが始まんのかね。そういえば原稿を書いている途中、何かメッセージが出てきた。「いいえ」かなんかを押して解決したと思っていたのだが、Windows め、馬鹿野郎!!!そんな思いで今朝方睡眠3時間。7時に寝て10時前に起きたよ。やだねぇ、パソコンに操られているよ、俺。

2016年3月8日火曜日

「配線工事」

社内の各種配線にイラついて、今日配線工事をした。次から次へと継ぎ足したであろう「線ども」が片付いてかなりすっきり。最近特に、整理されていないものを見るとかなりイラつく。片づけろ!社員への号令はいつもむなしい結果となるのだが、業者を入れてしまえばこっちのもの。配線工事だけで4人来ていたが7時間は作業していた。かなり配線がすっきりしていい気分だ。

だが、その分今日の作業が遅れている。今日中に完成させなければいけない台本にまだ手が付けられていない。始める前の気分転換に、しばらく休んでいたブログでも・・・とこれを書き始めている。

昨日まで4日ほど旅に出ていた。旅先でやり残した仕事をしようと思ったのだが、パソコンがうまく機能しない。パソコンと格闘しながら一日が終わる・・・だが努力は徒労に終わった。Windows 10に変えたからかもしれないが、格闘すればするほど深みにはまる。諦めて手書きでやろうと思ったのだがイメージがわかない。結局作業は今日に積み残しとなったのだが、配線作業が夕方までかかったのは誤算だった。で、すぐ始めればいいのにブログなんか書いたりして・・・

でも、自分の感覚では時間の計算ができている。今から始めればテッペン、夜中の12時には終わるだろう。旅に出かける前に本当は出来たはずなのになぁ。

いつもは4日も出かければ厚い文庫本2冊ぐらいは読み切ってしまうのだが、今回はほとんど読めなかった。初めて池上彰さんの本を少しだけ読んだ。しかし博学だよなぁと感心しつつ経歴を見たら俺と同い年だって。まいったなぁ、俺ってぼんくらだよなぁ、などと自虐的想いに駆られたり・・・して。あまり有意義を感じる旅ではなかったが、多少の気分転換は出来たかも。さて、社内も少し整理されたし、台本にかかるか!「心の配線」も、すっきりさせたいね。

2016年2月25日木曜日

「線路」

今日、久々で小田急線の普通電車に乗った。新宿から祖師谷大蔵という駅まで乗ったのだが、目鼻立ちの整ったいわゆるかわいい子が世の中には増えたよなぁ・・・といういかにもおじさんらしい思いに駆られながらの20分ほどの乗車。目の前の女の子なんか、整形してんの?と思うぐらいきれいな顔立ちをしているのだが、ひざとひざの間が30センチほど。ひざ閉じろよ!

母親を東京に呼んで40年ほどになる。まもなく95歳だ。祖師谷で一人暮らしをしているのだが、岩手に居る長男を呼んで、岩手で最晩年を暮らしてもらう段取りのため出向いてきた。いつも車で行っているのだが初めて電車で行ってきた。小田急線も本当に変わっていた。まるで東京を知らないおじさんのようにキョロキョロ。

電車の中で乗客が寝ている姿をみて、外国人はびっくりするそうだが、今日改めてなんとなく思ったよ。昼の電車で立っている乗客が少ないから、向かい合っている乗客と時々目線があったりする。目のやり場に困るよなぁ・・・と思ったり・・・楽なのは目を閉じることだなと。目を閉じないやつはスマートフォンに目を落として視線を上げない。週刊誌でも買って乗ればよかったと思ったが、さて帰りの電車で前に座ったのがこれまたかわいい子。可愛いというのはいい女という意味ではなく、少女として可愛いという意味だ。父親のような気分で思わず見てしまった。

日ごろ電車に乗っても座ることなどめったにないし、日中乗ることも少ないから今日は新鮮な気分で電車を味わうことができた。下北沢の駅が変わりすぎていたことにびっくりしたけど。

電車の一番前で線路を見ているのが好きだった。線路って、郷愁をそそる存在だったが、今の東京ではコンクリートの上にひかれた2本の「線」てな感じだね。50年前のあのころ、線路は「故郷」につながる愛おしいものだった・・・よな。

2016年2月19日金曜日

「酒談義」

チョコレートの件で、〝娘は嫁に行ったとたん無視だし〟と書いたら、それを読んだ娘からメールが来た。「ちゃんとニューヨークで買ってきた!」と。そう言えばバレンタインデーの日に帰ってきたんだっけ。だが、まだもらえていない(笑)

一昨日、高知でしこたま飲んだ。男二人でカツオを食いに行って2件目が焼肉屋、そのあと餃子の店か何かに寄ってラーメンを食ったのは覚えている。そこでまた飲んだかどうかはわからない。なぜ餃子屋か、というと翌朝餃子屋のチラシがポケットの中に入っていたからだが。そこでメガネが無い、と騒いだのも覚えている。結局見つからず、ホテルに帰ってセーターを脱いだら腹のあたりからポロリ・・・ははは、ただの酔っ払い。

で昨日は番組収録終了後にスタッフと飯に行ったのだがさすがに飲めない。ビールと燗酒2合を2本、これで終わった。安く済んでよかったけど(笑)今までの人生で酒を飲んでいる時間を積算したらどれぐらいの時間になるのだろう。それだけの時間を勉強に充てていたら、今頃天才君だね。

天才になれなかった藤原君は無事に東京に戻って今会社。高知空港でカツオの叩きを買ってきたから今日はカツオを肴に何を飲もうかな・・・などと胃袋に相談。胃袋はやや拒否気味。そこまでして、飲むのかねぇ。

込み入った話が立て続けに2件。吉とでるか凶と出るか、なかなかシンプルな生き方はできそうもない。飲むと、なんとなく気分が楽になることがあるんだよね、これが。昔のように、酒のそばには「女!」ってなことはさすがに無くなったけど・・・(苦笑)必死なのか中途半端なのか、疑問も残る65年、ま、負け組にはなりたくない、その気持ちの持続は続いているけどね。        

2016年2月16日火曜日

「僅かばかりのチョコレート」

この3日間ほど会社を出るのが午前一時を回っていた。カミさんはさすがに寝ているから夜中冷蔵庫をガサゴソ。おかげで深酒することもなく、快調!・・・かどうかはわからない。

バレンタインデーの14日は日曜日だったから、例年のようにトラック一杯のチョコレートは届かなかった!(笑)。娘も嫁に行ったとたん無視だし・・・土曜日と月曜日に数えるほどのチョコが届いたかな。周りもどんどん年寄りになってるし、か。俺は・・・年齢の自覚ないね。

このところ少し自覚しているのはベットメイキングができないこと。これはあまりいい傾向ではない。以前うつ病と診断され治療をしているころ、やはりベットメイキングができなかった。でも今のは違うな、よく寝るし新聞も読むし。読書が足りない。これは旅に出かけていないせいだな、きっと。日常の暮らしの中で本を手にするのは資料として読むときだけだから、読書とは言えない。海外に出かけるとよく読むんだ、これが。旅の道中は長いほうがいい。

明日の道中は短い。四国の高知に向かう。番組の収録で出かけるのだが今21時30分。今日送るべき構成案を途中ながら今メールで送信。明日締め切りの東京都関連の伝統芸能公演のコンペに出す書類がさっき出来上がり明日朝送る・・・で?何かやり残していることがあるような無いような・・・

さて、帰ってフジテレビの「お義父さんと呼ばせて」でも見るか。結構気持ち悪くて面白い。最近こういうバカバカしいドラマが面白いと思うことが多い。読書のほうが有益なのは分かっているのだが・・・。さて、久しぶりに早く帰るか、僅かばかりのチョコレートを持って(苦笑)。

2016年2月12日金曜日

「さっさとやれよ~!」

2月11日は建国記念日、とスラスラ答えられる人はどれほど居るのだろうか、などと思いながらその記念日も過ぎた。日常のスピードの速さに、追いかけられているのか、速さを追いかけているのか・・・そして明日はもう週末。

懸案事項を4件抱えているのだが、なぜか進んでいない。始めれば案外根を詰めて一期に頑張るのだが、なかなか手につかない。この性格は生涯治らないらしい。で、自分の首を絞めることになる。

昨日「純烈」というグループのボイストレーニングの現場を覗いてみた。仕事に関連して取材の意味もあったのだが、昔を思い出した。歌を教える側に居たのだが、あのまま音楽の世界に居残りしていたら、今頃藤原はどんな人生を歩んでいたのかなぁ、などと夢想にふけった懐かしい匂いのする時間だった。みんな、頑張れ!

4月の1日に「川上大輔」君のソロコンサートの演出をすることになった。ピアノとバイオリンだけのシンプルな編成だが、シンプルな世界ほど難しい。だがなんとなく楽しみ。いつもと違うからね。3月にはその川上君も交えた「イケメ男子」という舞台の演出をやることになっている。こちらは大きな会場でやるのでそれなりに責任が重い。構成の催促がメールで来ていた・・・

精神病院の「看護人」から始まった社会人人生だが、環境に順応してなんでもやってきた人生だったな。求められればなんでもやる・・・役所の「すぐやる課」みたいなもんだ。音楽人生を封印して始めた番組制作の仕事だったが、舞台の演出と言わればその気になってやってしまう。そうそう、先日OAされた番組で、音Qが必要だったためバンドの中にもぐって音担業務をした。画面で藤原を見つけた友人が仕事ぶりをほめてくれたが、リハーサルで上手袖に合図する場所がないことが分かり、仕方なく本番で急きょ指揮者の隣に陣取ったのだ。順応してなんでもやる、本領発揮か?

あぁそろそろ旅に出たい。去年の7月以降、パスポートをしまい込んだままだ。懸案事項をさっさと片づければ行けるのにね。その「さっさと」が、出来ない・・・

2016年2月4日木曜日

「立春」

節分は昨日だった。会社でスタッフから恵方巻を分けてもらったから、そうか節分か・・・程度の認識はあったのだが、豆まきというのはどうした?てな具合に行事ではなくなってしまった。子供が子供だった時代には、欠かすことのなかった豆まきだったのだが。

なぜまた今日思い出したかというと、さっき千家和也という悪友と久々の電話。もごもごしていて会話がはっきりしない。「ごめんごめん、夕べ早く寝て豆食わなかったもんだから今食ってた!」と宣う。食やぁいいってもんじゃないだろ!

節分は立春の前日を言うそうだから今日は「立春」ということだ。カレンダーを見た・・・確かに今日が「立春」だ。そして立春にふさわしい暖かな日差しの光景が広がる・・・穏やかな景色だ。

さっきスタッフ二人を連れて昼食に行ってきた。帰りの勘定のとき、財布を所持していないことに気が付く。念のため二人に財布持ってる?と聞いてみた。二人いるんだからどっちかは持ってるだろう、と思ったのは大きな間違い。「持ってません!!!」。飯食いに行くのに手ぶらか?と聞くのは無理がある。彼らを誘うといつも手ぶら。仕方なく二人を店に人質として残して会社に財布を取りに戻った。立春だし、ま、いいか。

何気に気がついたのだが、会社の花瓶にある梅の花が満開だ。月曜に持ってきてもらった花だから、今まで気が付かなかったのは蕾だったということか?まいいか「立春」だから。机の上に「ヒヤシンス」が3株。咲くといい匂いらしい。ヒヤシンス?咲くといい匂いなのは分かったのだが咲くとどんな花だっけ?咲いてからのお楽しみ!いいよそれで「立春」だから。

木々が芽吹いて来たり、新緑がまぶしくなったり、そんな季節がもうすぐ来るのかなぁ・・・と思っていたら千家氏からまた電話。「約束した9日だけどさ、いま天気予報みたら、雪になるらしい、寒かったらやめようね」・・・ ・・・ま、いいか「立春」だから。

2016年1月24日日曜日

「人に歴史あり」

昨日、サブちゃんのPV撮影をした。監督・藤原、出演・北島、4分半の楽曲の映像をおよそ5時間かけて撮影をした。予算はいつもと一緒なのに、市民会館の大ホールを借り切って撮った。本人も驚いていたが、関係者に言わせると「藤原さんの趣味でやっているから・・・」と言ったとか。趣味じゃないけど、採算度外視という面は、確かにあるな・・・北島さんだから。

歌唱シーンの撮影から始めたのだが、何回目かのテークのあと、歌い終わったサブちゃんがウインクをした。モニター画面で見ていたのだが、みんなの笑い声のなかで、彼の声が聞こえた。「藤原にウインクしたんだよ」。俺、うかつにも涙。なぜ?50年の歴史が一気に押し寄せてきたからだ。

彼との出会いからすでに50年、考えてみれば数奇な運命のような気もする。昭和41年に集団就職で上京し、その翌年16歳の時に彼の専属バンドの楽団員になった。3年間在籍した。数々の職業を経験してたどり着いた番組制作という仕事。彼との出会いは「番組」という形で生かされた。沢山の北島番組を創ったが、最近のPVの仕事は彼の指名で創っている。嬉しいけど・・・

彼は会場に入るなり「藤原!いったい何をやりたいんだ!」とお決まりのポーズから入る。だが、いざ始まると一切文句をいう人ではない。何回かダメ出しをして、疲れただろうからもういいかな、と思っていると藤原の顔を見て「いいよ、もう一回」という。「さっき嫌だと言ってたじゃないか!」と心の中でつぶやくのだが、嬉しくもある。信頼関係が見える瞬間だ。

一瞬にして50年の歴史が流れてゆく時間でもある。出会いがあったから今がある。今があるから、いずれ別れが来る・・・さまざまを思いながら、5時間の収録は無事終わった。笑い声が絶えない、楽しい現場だった。「人に歴史あり」、つくづく思うのだった。

2016年1月18日月曜日

「我が家の 家族だ」

 我が家で暮らす3匹の仲間。イモリと海老。 ま、イモリ「井森」だから「みゆきちゃん」と名付けたのだが、「ただし」君はおまけ。 結構長生きをしている。呼べば、寄ってくるし・・・変なイモリ。それぞれが個別の水槽で暮らしているから、個室暮らしということだ。 


 このこがイモリ「みゆき」ちゃん













← この子は イモリ「ただし」くん 
  





下の子は前にも登場したが「エビヤ」君  何度も脱皮して、まだ生きているよ。彼か、彼女か知らないが、すごい長生き。





                                                                              
 「エビヤ」はイモリより、声に対する反応が早い。
我が家にはもう一匹、めちゃくちゃ かわいい「茶々丸子」がいる。トイプードル。本当にめちゃくちゃいい子だ。こいつは女子。今日、会社で「女ども」と発言したら、「ども」と言ってはいけません!と怒られたよ。もっともだ(笑)あ~ぁ怖い「女子ども」。

2016年1月13日水曜日

「愛の賛歌」

11日の名古屋の「ドラマチック歌謡祭」も無事終了、次の舞台演出は3月の「イケメン男子」というステージ。3組の男性歌手を、さてどうさばくか。

今焦りだしているのは22日の「北島三郎」新曲PVの撮影。準備が間に合っていない。週末に「小林旭・歌謡ロマン」があり、20日、21日と長野県で「新BS日本の歌」の収録がある。PVはロケハンもできていない。文句を言っているのではない。この状態を楽しんでいるとか・・・休みが欲しいと文句を言いながら、休めない日常に安堵感・・・

昨夜、昭和41年に「雨の夜あなたは帰る」を歌った島和彦さんを訪ねた。40年間TVに出ていないという島さんを番組に出すべく、出演依頼に行ったのだが。いきなり訪ねても話は進まないだろうと思い、島さんを当時担当したディレクターに同行していただいた。島さんをデビューさせたコロムビアの辣腕ディレクターで、のちにテイチクレコードの社長になった東元さん。80歳になるという彼を連れて夜中の12時まで付き合わせてしまった(苦笑)

交渉の結果はまだ出ていないが出会いは楽しかったよ。島さんの歌は上京当時よく歌ったものだ。「志津子」とかね。Gmだった、というキーまで覚えている。一番なんか歌詞を見ないでスラスラ歌えるし。72歳になるという島和彦氏、歌声は当時のイメージを彷彿させるものだった。なんとか、番組に出てほしいね。

さて、昨日イギリスにいる息子からメールがきた。文面の最後に「父さんを愛していますから」とあった。ようやく、「愛する」という言葉をつかえるようになったんだ・・・さすがは俺の息子、と思ったかどうかは別として、藤原もよく「歌を愛する」とか「時代を愛する」とか、「愛」という言葉を口にする。愛することに躊躇しちゃいけないよ、そうじゃないな、「愛する」という言葉を使うことに躊躇しちゃいけないよ、だな。

「歌を愛する人が少なくなった」、このフレーズを最近多用するようになった。本当にそう思うからだが。振り返れば、あちこちに「愛しているよ」と言いまくった時代があったような、なかったような・・・

2016年1月9日土曜日

「アイリッシュ ハープ」

アイリッシュハープの音色は「オルゴール」のような「琴」のような、ダイナミックではないが繊細でかつ、安らぎの音色とでもいうのだろうか。そんな「アイリッシュハープ」のコンサートに行ってきた。50名ほどで満席となる小さな会場だったが、あのハープには適切な広さなのかもしれない。

演奏者は村上淳志君。アイルランドのダブリンから帰国中で明日はダブリンに戻るという。彼からCDはもらっていたが生の演奏を聴いたのは初めてだった。オルゴールを静かに聴いている・・・そんな感覚で1時間ほどの演奏会を楽しんだ。だが、時間が午前11時からだったから、藤原には初めての午前中演奏会体験。午後は仕事だったから・・・

そして次に向かったのはNHKのスタジオ。今度は「橋幸夫」さんの収録だ。「アイリッシュ ハープ」~「潮来笠」へ。すごい変わり身だ(笑)橋さん、明日の収録もよろしくです。

明日が終われば11日は名古屋に向かう。名古屋で行われるコンサートの構成と演出を担当しているからだ。この現場では「先生」と呼ぶ人がいる。立場上そうかもしれないが、以前は「やめてくださいよ、藤原と呼んで」とか「先生って誰?」とかいちいち反応していたが、最近は面倒くさいから何も反論しない。なんとでも呼んで。

村上君の演奏会も終盤を迎えたころ、彼は突然「今日は素敵なゲストをお招きしています」と言って年配の男性をステージに招いた。なんと彼の父君だって。父君は小さな笛を手にしており、なんと彼とジョイントで演奏を始めた。親子で・・・

笛の名前は失念したが、父君がリードして彼がソフトに伴奏をつける。演奏を楽しむというより、その空間を楽しんだ気がする。いいな・・・なんて思いながらね。親子で合奏か・・・我が家もやろうと思えばできるかもしれない。娘はドラムだし、息子は三味線とか・・・。そんな夢想をしているうちに演奏会は終わってしまった。

穏やかな土曜日。休日というわけにはいかなかったが、穏やかな気持ちになれた一日だった気がする。

2016年1月2日土曜日

「1月2日」

取り返そうと思っても取り返せないのが若さだ、そんな思いを抱きながら新年を迎えた。街を闊歩する若者たち、子供を連れた夫婦、よちよち歩く幼子になぜか目元が緩む。そんな感覚に、歳をとったのかなぁ・・・と。

だが、それだけでは終わらない。ちゃんと好みの「女子」にも目が行く!まだ大丈夫!

子供が生まれてから30年ほど、初めて夫婦二人で三が日を過ごすことになった。息子は海外にいるし、娘は結婚した。さみしいという感覚はないのだが、歳月の流れを感じることにはなった。裏付けるように超高齢の母が存在し、カミさんの両親も高齢街道まっしぐら。だから俺は歳をとってはいけないのだ(笑)

初夢は期待したのだが、仕事関係のしょぼい夢だったような気がする。歌手が何人か出てきた。そうそう、なぜか昨日から三山ひろし君の「お岩木山」が頭のなかで鳴っている。「真っ黒日焼けの顔だけど・・・」。なんだかね。

年末の宝くじ、当選金の使い道を考えていたのに3,000が2枚、今年の年末の夢は有馬記念を買うことにするよ(苦笑)

さて、仕事から離れた時間を過ごしているつもりだから、現実的な話からは逃れることとしよう。去年は珍しく海外へ出かけることが少なかった。今年はブルネイに行ってみたい。なぜ?行ったことがないから。夢がこぼれているかもしれないし。

2015年12月29日火曜日

「今年も終わるか・・・」

今年も終わるか・・・1月5日に歩行者妨害とかで交通反則切符を切られ、点数残1点というありさまで安全運転に徹した一年間でございました。黄色い信号、まず停まる。高速道路、なるべく追い越し車線を走らない(これ結構苦痛だった)。1月5日まで、安全運転頑張るぞ!(笑)

今年も終わるか・・・夢にまでみた娘とのバージンロード。終わってしまえば娘がそばに居ないという現実だけが残り、俺は老境に・・・は決して入らない!孫はまだ先のようだし・・・

今年も終わるか・・・今年65才になった途端、年金がどうの、介護保険料がどうの、予防接種がどうの、と老人扱いする書類が次から次へと届いた。老齢基礎年金、老齢厚生年金とか書類が続々。なんでそんなに面倒臭いの。社労士さんに頼んだからいまだによくわからない。

今年も終わるか・・・いい年だったか停滞した年だったか。迂闊に判断できないね。最悪ではなかったという事で。無難という言葉が当てはまるのだろうか。明日宝くじか?その結果を受けて、今年を判断しよう(笑)今晩は当選金の使い道を考えて楽しむことにして。

今年も終わるか・・・どこに仕舞ったのかすぐ忘れることが多くなった気がする。今日銀行の担当者が来て「預かり証を下さい」と言われた。「確か、わかり易い場所に置いたよね・・・」「どんな紙だっけ・・・」「無くすといけないからと、すごくわかり易い所に仕舞った気が・・・」「あ~ぁ、ダメだねやっぱり・・・」と、愚痴。

担当者「ありました!ここに!」

わかり易い場所とは、側に飾ってある「画の額」に張り付けてあったのだ。忘れてしまえば、何もわかり易い場所ではないのだ・・・銀行マンの方が先に見つけるなんて(苦笑)

今年も終わるか・・・いやいや、まだ2日もある。明日は会社の大掃除だ。終わらないね。

2015年12月19日土曜日

「黄金の虹」

昨日、日本橋の三井ホールで行われた「川上大輔ワンマンライブ」に行ってきた。8時過ぎに終わったかな。日頃なら、しばらくぶりの夜の日本橋だし、ちょっくらどこぞへ立ち寄って飲んでいこうかな…となるのだが迷わず家へ直行した。その訳?録画したまま溜まっていたテレビドラマがあったから。(笑)

普通家で観るテレビはニュースが中心なのだが、このドラマを見はじめてからというもの、なぜか観たい!という欲望が。以前も書いたが、なかなかストーリーが進まないどちらかというと滑稽な韓国ホームドラマだ。だがようやく最終回を観ることが出来た。3本溜まっていたけどね。

で、飯と共にワインを飲みながら3本続けて観たのだよ。で、3本とも泣いた。泣く場面があるんだな、これが・・・。3本観終わった頃には目が腫れていたりして。ドラマを観て泣くのはすごくストレス発散になると思っているから、泣くことに抵抗はないのだが、酒量が少し多かったかもしれない。なんとなく今日は体調がすぐれないから(笑)

今日の土曜日、新橋演舞場の「舟木一夫公演」のチケットをいただいていたのだが、知人の老夫婦に代わりに行ってもらった。奥さんに拙宅までチケットを取りにきてもらったのだが、髪の毛ぐしゃぐしゃで「パジャマ」に「どてら」という格好で玄関で迎えたら「典ちゃんもそんな恰好!(そんな恰好するんだ、という意味)安心した!」と言って満面の笑みで帰って行った。う~ん、典ちゃんは日頃外ではきっと、気取っているのかもね。

ところでハマった韓国ドラマは「黄金の虹」というドラマ。最終回は、そうなるであろうな・・・と想像がつくハッピーエンドだったが、視聴者が、楽しきゃいいんだよ!ってね。

2015年12月13日日曜日

「ふるさと納税」

ふるさと納税とやらに参加してみた。「ふるさとチョイス」というサイトがあることも知った。いわば、税金の先払いで、先払いした分利息をもらうようなもんだな。今日第一便の「焼酎とさつま揚げ」が届いた。

税理事務所から、社長ならこれぐらいまで納税できますよ、と電話をもらったからだが、なんだか変なシステムだね。気分がすっきりしないのだが、慣れてくれば理解できるのかもしれない。パソコン上で簡単に出来るものだから、あっちこちに寄付した(笑)少額ずつ。

ふるさとは岩手県の矢巾町だから矢巾町も検索したのだが、チョイス出来る物品がなかった。から納税しなかった。これって変だよね。ふるさと納税なんだから、物をもらわなくても基本的には故郷にご奉仕なんだろうが、何もくれないらしいからやめた。・・・でも、なんか気分は変だ。

時代は便利になり、パソコン上で、買い物も寄付も済んでしまうようになった。今年のお歳暮もすべてパソコン上で手配した。誰とコミュニケーション取るでもなく、資料片手にコツコツと作業してすべてが終わる。会話のいらない時代がやって来るのだろうか・・・寒い気分になる。

先日写真家の浅井慎平さんと久々に会った。番組出演をお願いしていたので、ご自宅までタクシーを手配することになっていたのだが、会うのが久々だから藤原が自分の車で迎えに行った。インターホンを押して「NHKからのお迎えの車でございます」と伝えて浅井さんを待った。かれは当然ビックリしたわけだが、コミュニケーションとはそんなもんだと思っている。

ふるさとよ!俺が見返りを望まずに寄付できる日を待っててくれ!(そんな日が来るのか?)そうそう、年末の宝くじを買わなくちゃ。これはパソコン上では買えないんだよなぁ・・・。

2015年12月7日月曜日

「いい時代を生きてきた」

カンニングを疑われて飛び降り自殺をした高校生のニュースを読んだ。カンニングで、死ぬ気になってしまうのか?多感というのか、現代の子ととらえればいいのか・・・

藤原は高校に行っていないから同じレベルでは語れないが、中学の時それはよくカンニングをした。当時は廊下に成績順位を張り出されたものだから、生徒会長をやっていた藤原には見栄が優先する。高校に進学するつもりはなかったから特に勉強はしない。で、カンニングに身をゆだねる。普段のテストは周囲の学友に見せたり「教えろ、見せろ」と言ったり。張り出されるテストは、下敷き、手のひら、消しゴム、あらゆるものが仲間だった。俺の机の周りには、藤原からカンニングを求められることを待っていたような感じの「人」も。(教えてあげる・・・ ・・・)

たとえ見つかったとしても、死ぬ気にはならなかったろう。

毎朝新聞配達をしていたものだから、冬場なんかよく遅刻をした。そんな事情を知っている英語の先生は、テストで間違いのスペルを赤で修正して「満点」をくれれたこともあった。いい時代だったのだ。スイカ、トマト、リンゴ、よく盗んだよ。今ならきっと窃盗罪で警察行だ。当時の悪がきが、今の時代は犯罪者扱い。いい時代を生きてきたと、つくづく思う。

上京してから、一度警察に捕まったことがある。権力に対して無茶苦茶反抗精神を持っていた時代があって、新宿の交番のおまわりさんのほっぺを「軽く」叩いたことがある。交番の奥に連れて行かれ、刑事さんにボコボコ殴られた。「なんで殴るんだ」と聞いたら「権力だ」と言われた。その日から二晩泊められたが、いい経験だ。鉄格子の中の「オカマさん」から、「ねぇお店どこ?」と声を掛けられたっけ。藤原、派手な格好で、頭は金髪だったから(笑)。いい時代を生きてきたとおもう。

2015年11月27日金曜日

「韓国ドラマに涙」

「冬のソナタ」が爆発的ヒットをしたあと、NHKは立て続けに韓国ドラマを放映した。当時「BS2ドラマバー」という番組を制作していたので、仕事のために結構沢山ドラマを観た。その中で「春のワルツ」という番組にはまったっけ。内容はかなりめちゃくちゃなストーリーなのだが、切ない親子関係などが描かれていたと思う。

さて、このところハマっている韓国ドラマがあるのだ。タイトルはどうでもいいので認識していないが、複雑な人間関係と親子関係を描いている。作りはひどすぎてB級とかC級というレベルで、まるで漫画的つくりなのだが、これがハマるのだ。なぜなのだろう・・・そんなこと、あり得ないだろうというシーンの連続。だが、扱っているテーマは親子愛、家族愛、美しすぎる恋物語で、ある意味エンターテイメントだ。登場人物の相関図を作らないとその関係性についてはいけない。

だが、なぜか涙を誘われるのだ。ドラマの設計図としては、ほとんどリアリティーがないのに、泣かせるツボはある。で、何度も泣くことになる。感情移入が早すぎると笑われるのだが。夜遅く帰ってニュースもいい加減終わった時間、飯と酒の相手には丁度いい存在のドラマなのだ。ジャンルとしてはホームドラマというジャンルらしい。昨夜も夜中12時過ぎに帰ったものだから遅い晩飯を食いながら観たよ。そろそろ最終回が近づいてきた感じだった。いつ、あの二人、実の親子関係だと明かされるのかなぁ、などと次回を期待したりして。(笑)

で、毎回終わり方が小憎たらしい。クリフハンガーの手法をこれ見よがしに使うのだ。あざとい。で、次も観たくなる。ハマっている証拠だ。(笑)

日本人の性格はどうもリアリティーを求める傾向がある気がする。いいんだよ、バカバカしくても面白ければ、とこの程度のノリが無いといけないのでしょうね。しかし、出てくる女優さんの顔、顔、顔、どれもこれも俺でも「整形顔」とわかる美形。素の顔だろうな、という俳優が出てくるとなぜかホッとするのだ。ブス系が愛おしく感じるこの不思議!韓国ドラマだ!

2015年11月24日火曜日

「借り」

会社から歩いて10分ほどの場所に「原宿クエストホール」という会場がある。キャパは着席で300席ほどだろうか。昨日初めて行った。「BORO」のライブがあったからだ。久しぶりに彼の歌を聴いた。

「BORO復活ライブ!」と銘打ったライブで、会場は満席だった。大阪がメインのアーチストだから客入りを心配していたのだがよかった。残念ながらライブ終了後、時間が無かったので挨拶せずに会社に戻ってしまったが、パワフルで元気、なによりだった。聞けば10年ほど病気の連続だったらしい。長いトンネルを抜けたって訳だ。

彼には借りがある・・・そんな思いで今日まで来た。ずいぶん昔、彼で何本かの番組を作っている。「大阪で生まれた女」を18番まで全部紹介した番組とか、「歌が生まれるとき」という番組では彼一人を取り上げて30分の番組を創った。これは借りにならない。その後だ。ある特集番組でゲストとして招いたのだが、その番組の収録で2曲を歌ってもらったと思う。当時演出を担当していたKは時間配分など結構いい加減で、編集が佳境に入って来たときに「藤原さん、尺が足らなくてBOROの歌一曲入らないよ、カットするから本人に言っておいて!」ときたもんだ。たぶんオンエアーまで連絡しなかったと思う。彼の真剣さと熱意を知っているから、言い出せなかったような気がする。トラブルにはならなかったが、それをずっと引きずっていたのだ。

で、彼から東京でのライブの知らせが来たとき、すぐに電話をした。BOROに借りがある・・・と言ったが中身は言わなかった。でも彼は「東京に行くと藤原さんを思い出す」と言ってくれた。それで昨日ライブに出かけてきたわけだが、今度は楽屋に顔を出さなかったことを悔やみ始めるのだ。やれやれ、厄介な性格だ(笑)

何れにしろ、誰にも借りは作らないほうがいい。だが、どうでもいいようなことでも借りと思ってしまう癖があるらしい。貸しも作らないほうがいいね。穏やかに暮らしたかったら、貸し借りなしという事がいい。が、そんな甘い人生、ある訳ないよなぁ~。

2015年11月14日土曜日

「秋の土曜日」

昨日はよく飲んだ。今日は10時30分ごろにはロケハンに出かけようと思っていたのだが、起きたのが10時30分・・・結果出かけたのが12時30分。今どきはすぐに暗くなるから、予定の半分ほどの行動しかできなかった。間に合うかな・・・

先週は番組で岩手の奥州市まで行ってきた。収録が終わった翌日、盛岡まで行き、久々で墓参りをしてきた。父親の墓は亡くなった時以来だから、何年ぶりになるのだろうか・・・複雑な親子関係だから、父親の墓は藤原の墓とは別場所にある。なぜ、急に墓参りの気分になったのか・・・自分でもよくわからないが、なんとなくやるべきことをやった気分だ。

駆け足で2か所のお墓とお寺を回ったものだから、せっかく郷里に行ったのに、急ぎ足で帰ってきてしまった。もう育った場所や学校の面影もないはずだが、せっかく行ったのだから、すこし思い出の土地を訪ねたかった気もする。周辺の紅葉は綺麗だったけどね。

さてさて、年末までのカウントダウンが始まった気がする。毎日がせわしないが、なぜかホッとするのだ。「忙しい」という言葉や現実が藤原にとっての妙薬となる。休みが欲しい、と思うぐらいが丁度いいんだな。いつまで続くか、身体が(笑)

同じ姿勢をとっていると、立ち上がるときスキッと立ち上がれない、そう感じることが多くなった。周囲の仲間もだんだん年寄りが増えてきた。気持ちは充分に若いと自信があるのだが、スポーツカーから颯爽と降りられない、とイメージするようになったらなんだかくやしいね。さて、今日の土曜日は終わりとするか。これも、あれも、明日にしよう!っと。

2015年10月30日金曜日

「川中美幸さん」

沢山の演歌歌手の舞台を観てきたが、今日観たステージは楽しかった。川中美幸さん。番組では何度もご一緒しているのだが、舞台を観た記憶があまりない。今日、カメラを担いで「水戸」のコンンサート会場まで出向き、カメラを回しながら舞台を楽しんだ。

トークがうまい!実にうまい。一度のトークタイムで客は何度笑っただろうか。俺も途中で何度も笑った。カメラマイクには藤原のでかい笑い声が収録されているはずだ。

一回目の公演が終わったところで楽屋に行ったら「あら!ご自身でいらしたんですか、舞台で紹介すればよかった!(とケラケラ笑う)」一事が万事この調子。明るくて、素敵な人だ。

13日に彼女の番組を収録する。その番組用のインサート素材を撮りに行ったのだが、彼女のスタッフは「社長がカメラ回すんですか?」と驚いていた。人手が少ないから仕方がない・・・とは言わなかった(笑)。「いや~俺結構好きだからよく回すよ」とかなんとか言ってね。

ここ数年、社長がやり過ぎると若手が育たない、そんな思いから現場仕事をなるべく控えてきた。だが控えすぎると弊害も出てきた。経営的問題もそうだが、指をくわえて現場を遠目に見ている状態は「病気になれ」と言われているようなものなのだ。で、やりたがり藤原がまたぼちぼち動き始めたという訳。

今日の「水戸」には若手の杉谷部長と一緒に行った。運転手はもちろん藤原。首都高に乗って数分もたたないうちに彼は眠りの森に迷い込む。常磐道に入ったあたりでは熟睡の世界の虜になったようだ。昼飯ぐらい食っておこうと思ってサービスエリアに入った途端、彼はまるでずっと起きていたとアピールするかのような態度で眠りから覚める。俺だって眠かったんだぞ!

ま、水戸まで往復したものだから、今日一日が川中美幸さんで終わってしまった。だが、彼女の頑張りとあの明るさは、今日はいい一日だった、と思わせるエネルギーになる気がする。13日の週録が楽しみだ。

2015年10月20日火曜日

「Mr Ms Dr」

22日に「日本賞」という番組の収録がある。その司会者打ち合わせが昨日あった。外国人の方が沢山いらっしゃるイベントなので、名前の表記がカタカナと英語で表記されている。ほとんどの外人がMr、Msの表記なのに一人だけDrで始まる人が居た。司会者の一人は女優のKさん。台本を見ながら、「どうしてこの人だけDrなのかな・・・」 同じく司会のMアナウンサー「博士号(ハクシゴー)を持った人はDrって付きますよね・・・」 女優Kさん「え!隠し子(カクシゴ)?!」・・・  ・・・

とっさの「ボケ」に一同大爆笑だ。この面白さは現場に居た人しかわからないかもしれないのだが今日もまたその場面を思い出して、にやにやしてしまった。それだけ面白かったのだ。この女優さんが大好きになった。聞けば天然らしいのだが、好かれる意味がわかる。絶妙のタイミングで、ほんとにおもしろかったんだから。

さて、そんな日本賞で明日も明後日も朝が早い。昨日は午前2時過ぎまで会社で仕事をしていたから今日は眠い。普通の暮らし、とはどんな暮らしを言うんだろうね。

机の上には 玉ねぎエキス、ビタミンC パブロンS そしてサクロンが並んでいる。机の中には血圧、尿酸、高脂血症のくすり、他にサプリメントの・・・

あ、そうそう、財布の中には「ハゲ」薬のプロペシアが。なんで財布の中?貴重だから(笑)これが言わば俺の普通な暮らしなのかね。

さて、Drだが。俺にはディレクターかドクターだとしか思えないけどね。まさか、隠し子をもった人だったなんて。

2015年10月10日土曜日

「駒ヶ岳・小原農場」

16,7年前の事になるが、北海道・駒ヶ岳の麓で番組のロケをしていた時のことだ。「北島三郎 遥かなる道」という番組だったので、一本道にこだわり、駒ヶ岳に向かう一本道を探し出してロケをしていた。すると畑を横切って猛烈な勢いのトラクターが!

「こらー!何をやっている!」。役場を通して許可申請していたはずなのだが、どかかで行き違いがあったらしい。北島さんはじめ みな後ずさりして藤原が謝罪と説明を始める・・・。農場主「前回も〇〇の一行がきて撮影をし、畑を荒らすわジュース缶を散乱させるわ、いい加減にしてくれ!」のようなお叱りを受けたのだ。藤原ひたすら詫びるのみ。一行は藤原の後ろで嵐が過ぎるのを待っている。この時は撮影用のヘリコプターも飛ばしたので結構騒々しいロケだった。

春夏秋冬を追う設定だったので、この場所には撮影に4回も行ったっことになる。だが、トウモロコシの季節に、北島さんが子供の頃の回想シーンで畑のトウモロコシを一本取った。とっさのことでもちろん無断。番組に使用するシーンだったのでテープを添えて改めて謝罪(苦笑)。

先日、その北島さんの新曲のPVを作ることになったので、せっかくだから函館にロケに行ってきた。新曲も「おれの道」で「道」がテーマだしね。ふと思い立ってその駒ヶ岳の麓の農場を訪ねる気になった。記憶を辿って農場を探してみた。一度は間違えたのだが、行けたよその場所に。あの懐かしいこだわりの一本道がある広大な畑だ。

レンタカーで農道に入って行ったら、声を掛けられた。「なにか御用でも?」軽トラックからオジサンが降りてきた。「実は16,7年前ここで番組のロケをして、こちらの畑の方にご迷惑をおかけしてしまい、たまたま函館に来たものですから懐かしくて来てみました」。

当時の状況をかいつまんで話したら、その時怒ったトラクターの主は「私です」という事に!。「大切な畑を踏み散らかすのは、歌手のステージに私が土足で乗るようなもの」。ごもっとも。ひとしきり話すと、せっかくだから「ジャガイモあげる」となり採れたてのジャガイモをもらった。「北島さんに会うことがあったら、申し訳なかったと伝えてください、なんとなく気になっていたんですよ」とご主人が言う。もちろん伝えた。藤原は認識していなかったのだが、その当日、道に降りるという約束のヘリコプターが畑の中に降りたのだそうだ、そりゃぁ怒るよなぁ。

ご主人は藤原と同じ歳だという事も知った。農場を後にした帰路、暖かくて嬉しい気分に浸っているボクが居た。広い畑は「小原農場」という。小原さん、今日も頑張っているんだろうな・・・

2015年9月24日木曜日

「凡事徹底」

「フォルクスワーゲンの不正」という記事を読みながら、今までいったい何台の車に乗って来たかなぁ・・・などと思いを巡らせてみた。一番初めはトヨタのスプリンターだった。次が117クーペ。その次がカマロだったかもしれない。で、その車の思い出と重なる女性がすべて違っていることに気付いた。その次の車から現在まで、数々の車に重なるのは「カミさん」だから、ま、運転はぶれていない、という事でいいとするか。

車は結構好きだから、40才過ぎてからはほぼ3年ごとに替えて来たかもしれない。今の車はもう2年数か月たつのに走行キロは16,000キロ程度。若い頃は年に10,000キロ以下などという事はなかったのに、走らなくなったもんだ。以前、なかにし礼さんが「ポルシェも含め沢山乗って来たけどもう車なんていらないよ、タクシー代月50,000円使うのって大変だよ」てなことを言っていた。そんな気分になる日が来るのかなぁ・・・

で、そんな「なかにし礼」さんと先日久しぶりに電話で話すことが出来た。この春の大手術のあとから、一度も話してなかった。というか、状況が見えないので遠慮していたのだが、思い切ってSMSでメールを送ったらすぐ折り返し電話がかかってきた。お元気そうでよかった!とても暖かい想いに包まれた気分になり、一日ハッピーだったよ。不屈の闘士「なかにし礼」頑張れ!

で、俺の事もだれか、励ましてくれないかなぁ・・・(笑)。

今日は何曜日だっけ?と何度も聞いてしまうほど連休ボケだ。3日間休んだ。経営者にとって長すぎる連休は迷惑なだけなのだが、休めたスタッフもいたから良しとするか。なぜか祝日が多すぎる気がするのだが、年々増えていないか?錯覚しそうだ。

そして9月も終盤、秋の深まりが身近に迫り、衣替えももうすぐだ。国勢調査の用紙もまだ書いていない。寝ていても起きていても、歩いても走っても、同じように時間が流れていく。改めて「凡事徹底」を心に刻むこととしよう。

2015年9月15日火曜日

「やわらかな日差し」

「チャンスにノックは要らない訳ですから・・・」。ニュース番組のコメンテーターが言った一言、「チャンスにノックは要らない」、この言葉が妙に気に入って書き留めた。チャンス、そのチャンスに気づくこともなかなか難しいのだけれど。

さて、毎週花屋さんに替えてもらう今週の花の主役は「ひまわり」だ。夏の名残り、そんな気もする。大雨が通り過ぎたあとの東京は、まさに秋晴れ。日が落ちるのも早くなった。早く暗くなる季節が嫌いだ。若い時分、夜の店でピアノを弾いていた頃のことだが、世間の人々が家路に向かうのを斜に見ながら、夜の仕事場に向かっていた日々のイメージが甦ったりする。暗くなってから仕事に出かける・・・なんか寂しい気分だった。

あれから〇十年!!!
昼の仕事師となった藤原は日差しに感謝しながら生きている。前にも書いたが、日差しが大好きだ。水害被害に遭った地域の皆さんも、今日のようなやわらかな日差しを浴びてほしい。

水害被害のあった当日、被災地とそれほど遠くない「前橋市」で番組の収録をしていた。本番直前、モニタールームのチェック用画面の隣で、生々しいニュースが流れ続けていた。楽しい舞台を作り、お客様に楽しんでいただくための番組の隣で、緊急を告げる生々しい画面。笑う事も出来ない・・・

明日も、明後日も、このやわらかな日差しが、続いて欲しい。祈るような思いだ。

2015年9月8日火曜日

「櫂」

EUと難民の問題が毎日のようにクローズアップされている。現実的には、遠い地域での話なのだが・・・。これが受入国が「日本」だった場合、どういう社会現象が起きるのだろうか。今の日本で、「安保法案反対」「憲法違反」と叫ぶ人々は、日本に難民が押し寄せたとしたら、どう叫ぶのだろうか?

自国だけが平和ならいい、自国の平和のためにだけ憲法がある、というのだろうか・・・。その問題に関しては門外漢を決め込んでいるが、愛読している新聞は「読売」と「産経」と「日経」だ。どっち寄りかすぐに想像がつくというものだ。首相が大阪でテレビ出演していたら「国会軽視だ」とかみついていた野党の見慣れた議員がいた。「上げ足ばかり取ってんじゃないよお前!」と言いたくなる。

日常の生活の中にも、「批判的指摘」にエネルギーを消耗している人が結構いる。幸せを感じさせない「暗がりの占い師」が、人の幸せを説いているようなものだ。「反対」や「だめ」を叫ぶだけなら結構楽な作業だとおもう。それぞれの立場が違えば、見え方も考え方も違うのは当然だが・・・。

ま、文句ばっかり言ってるやつは、好きになれないということなのだが。じゃ「私なら責任をもってこうします」と己の責任論に触れてほしいね。

話は変わるが、
今日の昼飯はとても久しぶりに会社の近くの「牛舎」という店に行った。ここのマスターとも付き合いは長い。もうかれこれ20年ほど前、ラスベガスのあるホテルでばったり出会ったマスターだ。日本人がほとんど居ないあるホテルでばったり!出会ったのだ。確立としてはすごい話だ。そのマスターが実に若い。何でそんなに若いの?と聞いたら「これですよこれ!」と言って満面の笑みで小指を立てた。自己責任で完結!こういう生き方がいいよね。

「平和」と「自己責任」、「博愛」と「自己愛」、情報が氾濫する現代という「海」を漕いで行くのか、流れに身を任せるのか?俺か?漕ぐに決まっているじゃないの。で、その漕ぐ「櫂」は、どこにあるんだ?(笑)。

2015年8月28日金曜日

「人種差別」

アイルランドに居る息子のメールに、時々「人種差別に遭った」という文言が出てくる。現地に詳しい人の話では、それは人種差別ではなく、現地の彼、彼女らの「文化」なのだという。だが、日本人から見たらふてぶてしく感じるその態度が、息子は「人種差別」に感じるらしい。

で、さっきこともあろうにこの俺が人種差別に遭った!。今うちのスタッフが手がけている仕事に関して、クライアントの某プロデューサーとの会話の中で藤原が「人種差別」されたのだ!

某・「もう一人スタッフを出してほしいのですが」
俺・「もちろん」 某・「スタッフは誰ですか?」
俺・「俺が一番いいんじゃない?」
某・「藤原さんじゃ重すぎます!」
俺・「あっ失礼な!なんで?」
某・「藤原さん、これは未来型コンサートですよ。藤原さんの昭和歌謡コンサートじゃないんですから!」  笑・笑・笑!!!

これって絶対「人種差別」じゃない? 失礼な!

あぁ、俺には昭和演歌のイメージがついて回るらしい。あながち間違ってはいないが・・・だが、未来型が俺には似合わない!というイメージには反抗してやる!あの野郎~~~
(苦笑)

2015年8月20日木曜日

「友人を殺してしまった」

その時は気が付かず、後で失敗に気が付き大慌て、なんてことは良くあるが、殺してしまってはいけない。故 浜圭介様 と宛名を書いて その浜圭介様にFAXを送ってしまった。なぜ?

先日亡くなった「菅原やすのり」さんのご遺族にFAXを送ったのだが、その用紙に上書きをしたのが失敗のもと。故 菅原やすのり様ご遺族様・・・という宛名を消して書き直したのだが、「故」が残っていたことに気付かず、故 浜圭介様に・・・

いくら友達でも、慌てたね(苦笑)本人となかなか連絡がとれずへこんでいたのだが、さっき藤原の留守電に彼のメッセージが・・・「死んだけど、生き返ったから・・・」。やれやれ、これが浜さんだったからよかったが、〇〇だったらきっと一生言われるな・・・などと思いながら安易な上書きを反省!!!慣れきった作業には「落とし穴」、肝に銘じよう。

さっき、赤毛のアンというミュージカルを観てきた。無料招待ミュージカルなので豪華セット、豪華演出とはいかないが、なかなか上品で可愛らしいミュージカルだった。現実の大波小波の世界で生きていると、ほっとする瞬間が大切な息抜きになる。肩の凝らない素敵な時間だった。

さて、周囲の見慣れた景色、見慣れたスタッフ、わかりきった手順と作業・・・どこかに落とし穴がないか、注意注意!言葉ひとつで、人を殺すこともあるから!

2015年8月13日木曜日

「彩りの街」

インターネットである人物を検索していたのだが、何気に「藤原典男」も検索してみた。同姓同名の人物がお二人ほど居た。どこかの街の議員さんと、もと高校教師で著作を出版されている藤原典男さん。同姓同名なのだから、優秀な方に違いない!(笑)

検索を先に進めると、昔歌った「愛のおしゃべり折尾の街」という情報に出会った。その先に「彩りの街」という楽曲が「You Tube」にアップされているのに出くわす。この作品の詞は「石原裕次郎」さんに書いたもので、昭和50何年だったか・・・カラオケ愛好家がカバーして歌っているらしい。興味本位で聴いてみることに。3人ほどの歌唱がアップされていた。

一人は原曲にかなり近く歌っている。あとの二人は見事に作曲していた。ヒットしなかった歌は、こうして変化を遂げていくのだろう(笑)あぁ 彩(いろ)とりどりだよ。

当時は作曲をしたかったのだが、活動を共にしている相手が作曲だったものだから、仕方なく詞を書いていた。曲を書きたいのに仕方なく歌も歌ってた(苦笑)。ヒット曲はなかったが、いま時代を経てこうして当時の作品に触れると、なんとも懐かしい。

活動を共にしていた作曲家はもう25年も前に亡くなっている。56か57才だったと思う。毎日酒浸りで、酒を止めさせる為に何度も病院に入れた。彼の編曲作品の写譜もやっていたのだが、朝スコアーを取りに行くと玄関口で寝ていて驚くこともたびたび・・・ある日午前10時から2曲のレコーディングがあるので写譜の時間を逆算してスコア―を取りに行ったら、やはり床に寝ていた。編曲が完成していれば問題ないのだが。おそるおそる机を覗いたら、エンディングだけがまだ未完成。それも一曲のみ・・・仕方なくエンディングだけを書き加え、一曲のみ写譜を終えて一人スタジオへ。代わりに指揮棒を振って、一曲のみレコーディング。ディレクターにも演奏陣にも平謝りで詫びたっけ。レコーディングを終え、彼のもとへ報告に行ったとき、彼が何と言ったかは覚えていない。

「彩りの街」はそんな彼の作・編曲だ。遠い記憶だが、時間を飛び越えて今も尚、鮮やかによみがえる、いい思い出なのだ。

2015年8月11日火曜日

「わがままに生きる」

8月8日「地球歌の日コンサート」お待ちしています。そんな招待状が届いたのが7月。招待状とパンフレットを机の上に置いたまま、8月9日を迎えてしまった。コンサートの主催は歌手「菅原やすのり」さん。いつもマメに招待状を送って下さる。失念してしまい、結果としては行けなかったのだが、9日の朝刊で彼が亡くなったことを知る・・・

8月4日に亡くなった、と訃報記事が掲載されていた。白血病とあった。無念であっただろう・・・コンサート目前の死であったから、なおさら。どんなコンサートの招待状でも、必ず自筆で一言添えられていた。稀有な存在だった。こころからご冥福をお祈りする。

昨日、久々で出会った友人が「藤原さん、見かけが若いから・・・」。それって褒め言葉?「見かけが若い?」ならばどこが年齢相応なわけ?!と後で思うのだった(笑)。だが、あちこちで知人、友人の「死」という強烈なテーマに出会うと、「若い」という言葉に一喜一憂してていいものか、などと思ってしまう。

「わがままに生きたい」と思う。結構わがままに生きてきたが、もっとわがままに生きたい。「わがまま」の定義なんぞわかっちゃいないが、人は「わがまま」でいいのだ。さて、ならば誰よりも「わがまま」に生きる方法はあるのだろうか。やるだけやって、がむしゃらに生きて、疲れたな・・・と思ったら後先考えずに「ぽっくり死ぬ」、これ、結構究極の「わがまま」かも。人は、後先考えすぎるからくたびれる。「わがままに生きてわがままに死ぬ」。できたら、いいね。

話を「菅原やすのり」さんに戻すが、最後に会ったのはいつだったろう・・・「肩の力が抜けて、いい歌になりましたね」と生意気なことを申し上げたのだが、「藤原さんに褒めてもらって・・・」と謙虚に受け止める方だった。いい意味で「わがまま」に生きられた方だな・・・そんな気もする。合掌。


2015年8月5日水曜日

「老人性?」

手の甲に出来たイボが気になったので皮膚科に行った。「このイボを取りたい事と、足に出来たこのシミのようなものが気になるんですが・・・」と医師に告げた。「イボはウイルス性ですね、すぐ取れます。足のこれは・・・老人性脂漏角化症です、良性です」。

「先生、最初の2文字が気に入らないんですが。その老人というネーミング、何とかなりませんか?」と医師に訴えたのだ(笑)「皮膚ガンかもしれないじゃないですか!」「では念のため写真で検査しましょう」と余分な検査をして高い診療費を払った(苦笑)

病院から会社に戻ったとたん、社労士さんから電話が。「老齢基礎年金の件ですが・・・」。この話題も「老」だ。いい加減にして~~~

最近、日焼け止めジェルを使っている。「男が日焼け止め?ざけんなよ!」という種類の戯言をつい先日まで言っていた気がするのだが、別の皮膚科の医師から強く勧められ、心を入れ替えた。すべて皮膚がんの予防のためだそうだ。世の男子諸君!日焼け止めジェルを塗ってから外出したまえ!。

ま、気分的には「老人」とはなんら関係を持っていないのだが、体力的にはいささか不安でもある。同じ姿勢でいると美しく立ち上がれないし、深夜12時を過ぎたら酒も要らなくなる。美しいお姉さんをみてもドキドキ感は半分程度になったし(決して枯れてはいない!)口説いてるふりをしていても面倒くささが前面に出ているし・・・。なら、ただの老人じゃないの?って?

ところで「老人性」とは「老人の性」ということ?駄目だこりゃ。おあとがよろしいようで。

2015年7月31日金曜日

「暑中見舞いはがき」

暑中見舞いのはがきを書かなくなって、何年ほどになるだろう・・・メールのやりとりが多くなってきたころから、暑中見舞いの感覚が薄くなってきた気がする。こんな葉書が届いた。表書きには藤原の住所と「おかわりないですか?」の文字。お便り面は、こんな感じ・・・


母86才 認知症  私66才 呆け少々
それは分かったのだが その「私」は誰???
誰だ~おまえは!(笑)
呆け少々は わかったから 名を名乗れ!(笑)
お願いですから、はがきを出すときには 自分の名前を書き込むことを忘れないようにしましょう!


とか言っているけど、今日スタッフと昼食に行き、帰り伝票を手にしながら「あっ!メガネ メガネ!」とわめいたのだが、メガネは胸ポケットに。つい先日は、喫茶店にメガネを忘れたかもしれない、と言って人を走らせたのだが、そのメガネは(机の書類の陰に・・・)。ついでにこんなことを思い出した。息子が赤ちゃんだったころ、背中に(おんぶ)して買い物をしていたのだが、品定めからふと我に返った瞬間「あっ!〇〇が居ない!」  ・・・  ・・・
 そばにいたカミさんは(ぽか~ん)。。。。。。 息子は背中ですやすや眠りの中。。。。。。

歳を重ねるとみんな呆けてきた、というのだがそんなことはない。細かいことを気にしなくなってきただけ。それだけ人間がおおらかになって来たという事だ!てな言い訳でいいかな。ね、ね、ね。

2015年7月27日月曜日



「あっ!という光景」

「あっ!」と思った瞬間車のトランクが閉まった。「もしかして・・・」とは思ったのだが、案の定運転席サイドのドアが開かない・・・。普段は車中にキーを置いてドアを閉めようとするとクラクションが自動で鳴って、キーを閉じ込めることは無い。車屋の担当者に電話をしたら「トランクは鳴らないんですよ!」そんなことはどうでもいい。「開ける方法はないの?」「スペアキーでしか・・・」

場所は成田空港の駐車場。順調に通関して、風邪気味だったから早く家に帰りたい・・・と駐車場に急いだのにこの始末。でどうした?カミさんに新宿からタクシーを飛ばしてもらったのだ。何十年ぶりだろうか、キーの閉じ込めなんて。

「あ!」の瞬間からおよそ2時間後にスペアキーが届くことになるのだが、問題はそのあいだの時間の過ごし方だ。現金もカードもすべて車の中・・・時間つぶしの週刊誌を買うことも出来ない。で、航空会社とかバス会社のパンフレットを手当たり次第に集め読むことに。パンフレットのなかに発見があった。飛行機もリムジンバスも、65歳を過ぎるとシニア割引があります、だと。バスなんか3,100円が2,000円になるらしい。飛行機も当日空席があればかなり安くなるらしい。2時間の待ち時間で手に入れられたものはそれだケ・・・(苦笑)

今度の旅では佐藤愛子さんの「晩鐘」を読み切った。他に読むものが無かったから帰りの機中では映画を観た。殺し屋の父を持つ息子とその父親の葛藤を描いた映画だったが、その親子の葛藤を自分自身の親子に当てはめてみたり・・・映画の中の父親は、息子を守るために最後は撃たれて息絶えるのだが・・・充分に見ごたえがあった。

ところで、国が変われば事情が変わるのは当たり前だが、こんな光景をどう捉えればいいのだろうか。街には結構高級車が走り回る中国の某市街中の光景だ。車が止まっているのは、歩行者用道路だ。歩行者のための空間に当たり前のように車が止まっている。郊外ではない、街中なのだ。これだけ堂々と駐車違反されるとね・・・



                    

2015年7月21日火曜日

「偲ぶ会」

藤原を「ボン太」と呼んだ彼が逝ってから、丸一年が過ぎた。昨日、京王プラザホテルで彼を偲ぶ会が催されたので行ってきた。あれから一年・・・本当に早い。500人ほどの参加者が居ただろうか。偲ぶ会が盛大でも、死んでしまったらなぁ・・・とかなんとか言いながら会場を後にしたのだが。

一年もたったのに、また泣けてしまった。友人が、ずっと観察していたらしい。「藤原はきっと泣くぞ」とおもって見ていたらやっぱり泣いた、と嬉しそうに言っていた。彼は先日の娘の結婚式にも出席していて、藤原の泣き顔を沢山写真に撮っていて、それを嬉しそうに見せてくれた。やっぱり俺は泣き虫だし、それが周囲にバレているという事なのだが。

2.3日前、資料として中村美律子さんの「瞼の母」という歌謡浪曲を聴いたのだが、ヘッドフォンをしながら泣いてしまった。これって、涙腺弱すぎ!人情ものにからっきし弱い。やれやれ。

「みんなに偲ばれる」彼が亡くなった一年前に、何度かブログには書いたが、お互い10代の出会いだった。「りえ」という可愛い女の子を取り合った仲だ。他にも沢山悪さをした。みんないい思い出だ。過ぎてしまえば・・・いい思い出。

彼と言うのは、北島三郎さんの末の弟だが、帰り際北島さんの奥様が「次は楽しい場面で逢いましょうね」と声を掛けてくれた。その通りだ。「誰それが死んだ」「誰それはもう危ないらしい」そんな情報が多過ぎる。歳を重ねるという事は、そういう事らしい。



2015年7月15日水曜日


「あ~言っちゃった!」

「クソ社長!」その一言は藤原の心を突き刺した。あまりにも突然襲ったその言葉・・・しばらく涙が止まらなかった・・・。

笑い転げて、「笑い泣き」というやつだ。笑って涙が出るのは久しぶりだった。誰がそんなことを?社内にいる某女子社員だ。ある飲み会の席で、彼女の乙女心について話し始めた藤原。「そこだけはバラサナイで!」という部分を面白おかしく解説していたら「もう嫌だ、やめて!もう、馬鹿!」というような感情表現が「クソ社長!」となったのだろう(笑)。なかなかインパクトがあった。実に面白かった。他に誰か言いたい奴はいるか?「クソ社長~!」と。

言いたいことを言って可愛がられる人もいる。言わなくていいことを言って煙たがられる人もいる。人は皆、言葉に敏感なはずなのに、自分の事がわからない人もいる。言葉は上手に使えば、最大のコミニュ二ケーションの道具。肝に銘じたい。

メールが通信手段の主役になってから、言葉、いや言い回しが特に重要になってきたと思う。その文字や言い回しによって、高圧的に感じたり、距離を感じたり。間違いを犯さないためには、相手に寄り添う気持ちや、心配りの余裕を持ち合わせることがいかに大切か・・・と思う。

世間ではお中元の受け付けは今日までだという。立ち止まっていても、しがみついていても、時間は止まらない。そういう意味では、泣いていようが、笑っていようが時間は過ぎていく。ならば笑っていたい、誰もがそう思うのかもしれない。笑えてよかったよ!某女子社員!




2015年6月30日火曜日

「出会いと縁」

小説家の佐藤愛子さんの講演会に行ってきた。講演テーマは「91歳の生き方」だったか。もう何十年ぶりだろう、と思えるほど久しぶりの再会だった。実際に20年ぶりぐらいかな。

講演会はすでに満席だったため、先生に関係者席というものを用意していただいた。いつもお着物というイメージがあったのだが、なんと白のスーツで足取りもしっかりご登場、91歳だとは思えない!お姿だった。びっくり。

楽屋を訪ねた。「藤原さんとどうして親しくなったんでしょうね、前世のご縁かしら」という話になったのだが確かにそうかもしれない。会ってはいないのだが、ずっと関係は続いているし、気にもなる。前世という言葉が出てくるのが先生らしい。「きっとそうです」と答えたが。出会いはもう30年以上前になると思う。小田急カルチャー主催の「トークショー」という催しがあり、藤原はそこで司会をやっていた。そこのゲストの一人が佐藤先生だった。「そんな出会いはたくさんあるのに、なぜ藤原さんと親しくなったのかしら・・・」と先生は笑うのだが、藤原にもよくわからない。

が、「藤原さんと親しい」という言葉を何度も伺ってそれで満足、嬉しかった。「こんどお食事しましょう」と言われて別れたが、楽しみだ。また「霊」の話や「前世」の話で盛り上がれるかな。最近出版された「晩鐘」もまだ読み切っていないし、早く読まなきゃ。

今朝、アイルランドに居る息子からメールが来ていた。

「わしの夢は、パパの人生を、舞台にして演出することだよ。 タイトルは、もう決めてあるだよ。 その時は、出てほしいのだ。 わし、若い頃のパパをやるよ。」
 
だって。かってなことを言っているが、それはそれでいいんじゃない(笑)で、俺の人生ってなんだ?何れ、息子や娘が俺の先を歩いていて、爺になった俺が「お若いですね!」って言われて喜んでいるのかな?
 
何にしろ、今日までの沢山の出会いを、藤原なりに大切にしていきたいものだ。





2015年6月29日月曜日

「バージンロードが短い」

昨日、娘の結婚式だった。もう、何年前からバージンロードを娘と歩く姿をイメージしていただろうか。そして歩いた。バージンロードが短か過ぎるのだ!。

会場の係は、本番直前にいろいろ決まり事を教えてくれた。それこそ本番直前に。「ここまでは普通に歩いて、ここからはブライダル歩きで」とかなんとか。それ何?って聞いているうちに今度は「前列3列目の席のところで止まって新郎に新婦を渡してください」とかなんとか。「その時そっと手を添えて」とかなんとか・・・予備知識でもあればわかるのだろうが、「ハイハイ」とは言ったもののわかるもんか!「グローブは?」と言われて「何それ?」と聞いたら白い手袋なそうだ。「白い手袋」と言えよ!「ない、要らない!」でその件はおしまい。

本番をイメージする間もなく、本番です、と言われた。娘と手を組んでいよいよその「ブライダル歩き」だ。最初の2歩まで娘と歩調が合わない。娘の緊張が伝わってくる。「大丈夫か?」と声を掛けたら「うん」という返事。3歩目でようやく足が揃った気がする。「あぁ、これが何度もイメージしたバージンロードの世界だ」と思い始めたとたん、目の前に新郎の顔が!!!お前!出てくるのが速過ぎるぞぉ!!!「もっとそっちで待ってろよ!」

おれはすでに泣いているから、周りの事なんか見えない。現実感がないのだ。ふわふわした感じ。あぁこの世界をもっと味わいたい・・・と思っていたらもう「終点」。あいつが迎えにきやがった。
おれはまだ娘に触れていたいから、名残り惜しそうに去ってゆく娘の肩をいつまでもポンポン叩く。未練がましく・・・あぁバージンロードがあと50メートルぐらいあったなら・・・

披露宴はいい披露宴だった。今日、友人の一人から、「人間って、いいな」と感じる感動的な披露宴だった、とメールをもらった。お決まりの「娘からの手紙」。「藤原さんきっと泣くから」と何処からか声が聞こえた。泣いたか?もちろんめそめそグズグズ。

司会者からご両家代表謝辞、というコールがあって婿どののお父様が謝辞。で、ここからが俺らしいといううか。「娘をやるんだから俺にもしゃべらせろ」という口上のもとに藤原がスピーチ。もちろん会場と彼のご両親には伝えてはあったが。娘を持つ父親の気持ちとは、想像していた以上に感情的だ。

式の最中、キスシーンを見逃した。いや、目を閉じたのだ。見たくもねぇよ。(笑)





2015年6月19日金曜日

「笑える思い出」

久しぶりに訪ねてきた友人と、30数年前の「あること」を思い出して、大笑いをしてしまった。藤原が30代前半だったと思う。大阪の新興宗教の会員さん相手に、月一回程度「歌唱指導」に出向いていた時期があった。一人1500円の会費で会員さんは集まって来たと思うのだが、そのうちだんだん参加者が増えてしまった。最初は集まった会費すべてが授業料だったのだが、何回目からは増えすぎてカウントする雰囲気ではない。授業料?当時の貧乏な藤原には大金だ。

笑えるのはこの後。授業が終わると、教祖様から封筒を受け取る。会員さんに新大阪の駅まで送っていただいたと思うのだが、藤原は新幹線に飛び乗るなり荷物を置いて真っ直ぐトイレへ!おもむろに封筒を取り出して、今日の売り上げ!お札を数えるのだ。これが楽しみだった。

この頃、人の「欲望」を思い知る。ある程度の金額までは大喜びしていたのに、しばらくすると、あんなに参加者が居たのにこれだけ?的な感覚にとらわれてしまう。人の欲望はきりがない、と
改めて思い知ることになるのだが。当時、夜は銀座でピアノを弾いていたが、一日の出張でピアノ弾きのギャラの2か月分ぐらいになったかもしれない。貴重な人生経験だった。

昨日、ある番組の収録現場で、それこそ30数年前に出会った元某レコード会社のディレクターに再会。昨日、改めて思い出したののだが、彼は藤原の作品を4曲ほど採用してくれているはずだ。彼いわく「なんか作品をやったよね」なのだが、確か4曲だと思う。作品を採用して欲しくて、平身低頭、彼に売り込みをしていたのだが、藤原がTVプロデューサーになった途端、立場が変わった!と笑い話になった。これは、ほほえましく暖かな気分になる笑い話だった。

さて、これから別なレコード会社の宣伝部長とディレクター氏と会食をする。当時このレコード会社にも、売り込みのため通ったっけ。今?彼らに「こら!」と言っている。ほほえましい感じでね。


2015年6月15日月曜日

「時の過ぎゆくままに」

「ドジョウの会」という仲間の集いがある。7,8人のメンバーで、半年に一度ぐらいは集まろうという事になっていた。去る10日に集まったのは6名の男女。じゃ、次回は12月ごろね、と言って〆ようとしたのだが。「半年後だと誰が死ぬかわからないから、9月ごろにやろうよ!」と誰かの一声で9月開催になったのだが、いったい平均年齢何歳の会?(笑)

12日は「船村徹誕生日 歌供養」のパーティーだった。去年の6月12日からもう一年?と思うほど早い。去年の歌供養の様子は前回もブログに書いたはずだが、今年はもう31回目の歌供養になるという。20年ほど前から参加していることになるのだろうか。今年は船村徹記念館も完成し、本も新たに出版され、先生の活動のスピードが落ちていないことに敬服するばかりだ。

14日の日曜日、両国のシアターXという劇場で、アイルランドの詩人「イェイツ」の生誕150周年を記念したシンポジュームがあったので行ってきた。「ノーベル文学賞」を受賞た詩人であり、劇作家であり、アイルランドの紙幣に肖像が使用されているような人物だ。知っていたのか?いや、知らなかった。が、番組の提案でアイルランドを調べていたから、イベントの表題に「アイルランド」とあったので興味を持ったのだ。シンポジュームでは、某大学の名誉教授、某大学の教授2名、他「能」の演出家と4名から発言があった。驚いたのは、なんと話の下手なことか・・・。あまりにも・・・大学経験のない藤原は、こんな調子の講義を生徒は聞いているの?と思うほど。某教授は、ペーパーを抑揚のない声で読み上げるだけ・・・

いわゆる表現力の欠如、というやつだ。日本人!頑張れよ!そんな思いで会場を後にした。

さて、今週もはじまった。会社の月曜日の花も新しくなった。今日1日の充実感があったかどうかは別として、またいつものように時は過ぎてゆく。せめて、ハッピーな顔をして過ごしたいね。

2015年6月8日月曜日

「50・65」
上京して50年、今日で65歳、長い道のりを歩んできた気がする。競馬で言えば、最終コーナーを回り、残りの直線で勝負が決まるところだ。直線を駆け抜ける余力があるのか、最初から頑張ってスピードを加減しなかったから息切れするのか。そのどちらかでゴールの結果が見えてくるというところか。体力だけではない。気力・精神力がポイントになりそうだ。

4日に、番組出演中の「北島」さんを訪ねた。去年亡くなった北島さんの末弟の墓参りの報告と、何気の陣中見舞いだったのだが、千葉の君津市というところまで行ってきた。会場に着いたら音合わせ中で、しばらく客席で見ていたのだが、楽屋に顔を出したら「客席にいるのはお前かと思っていた」と迎えてくれた。

いつもの事だが、楽屋で二人だと「個人的ないろいろ」を話してくれる。スタッフが入ってくると、上手に話が一般的になって来る。少し込み入った話をしていたのだが、スタッフが入ってきたら、いつの間にか競馬の話に乗り替わっていく(笑)。最初はチンプンカンプンなのだが、だんだんわかって来る。先日のダービーの話になり、最初飛ばし過ぎたので、直線コースに入ったら息切れして、結果は残念賞という事になったという話なのだが、人の生き様と一緒かも。カメリハ2分前まで話し込んでしまった。

さて、50年の歳月と65年の歳月。結構長いよな。母親は95歳で100まで生きると言っている。結構長いよな。昭和41年3月、上野駅の公園口で「立川職安」というプラカードの前に並んだ。15歳だった。あれから50年。結構長いよな。月並みな表現を借りれば「波乱万丈」の人生だったかもしれない。つまずいたり、ころんだり、走ったり、よろけたり、いきがったり。よく人は、ある程度の年齢になると「ありがとう」とか「感謝」という言葉を使い始めるが、そんな言葉がくすぐったいほど、振り返る人生には「いろいろ」があった気がする。「ありがとう」とか「感謝」では言い表せないいろいろが。

さっき、スタッフがケーキで誕生日を祝ってくれた。なんと、顔写真付きのケーキだったよ!
何日も前から、注文してくれていたらしい。
 なによりも、忘れられていなかったことにほっとしたのだが(笑)


間もなく娘の結婚式だ。まだまだ直線コースで息切れしてなんか居られないのかもしれない。
来年からは「誕生日おめでとう」ではなく
「誕生日を迎えられておめでとう」なんてことにならないように。
コツは、腹を立てないことと、「寂しい思い」をしないことだ。きっとね。

2015年5月26日火曜日

「たわごと」

会社のベランダのプランターに「ゴウヤ」の苗を植えようとして、最近意味もなく伸びている葉っぱとツルを引き抜いた・・・ら、何と地中から「サツマイモ」が。なんで、なんで???どうみても絶対「サツマイモ」だ。なぜベランダに「サツマイモ」なんだか。結構でかいよ。植物の生命力って、すごいね。

自宅のテラスには最近「雀」が集まる。集まる、というより、集めているんだな、コメを撒いて。鳥の糞から、何か珍しい植物が生えてきたら面白いね、という発想で楽しんでいるのだが、サツマイモは論外。チュンチュンうるさいが、見ていて飽きない。そのうち捕まえて、焼き鳥に!(笑)

心豊かになったり、ほっとしたり、想いが暖かくなったり、そんな環境を求めているんだな、きっと。植物にも、小動物にもね。ジジイむさいね、これ。

さっき親しい作詩家から電話があった。「生きてるの?死んだんじゃないかと思って」と言いやがる。「昨日銀座で3軒ほどハシゴしてさぁ、二日酔いというよりも三日酔い」とまだろれつが回っていない。「用事は無かったけどさ、生きているか死んでいるか確認したいから、たまには電話ちょうだいよ」。・・・歳を重ねてくると、どこにでも寂しいやつがいる。そして寂しがり屋は、ちょっと強情で、そしていいやつが多い。

このところ、体力的にもしんどい日々が続いていたが、昨日あたりで一区切り。やれやれと思っていたら、決算の最終的な数字が昨日出て、こころ「沈没」(苦笑)。もう50年も働いたし、とか、今後に展望はあるのか、とか、なにが「高齢者予防接種」だ、とか、ぶつぶつ思いながら小料理屋で一人で飲んだ。銀座でハシゴしていた彼と、なんと対照的なことか(笑笑)

で、ベランダに目をやる。くたびれた風車が時々回っている。風車君は風を待っている。俺は風を待っていてはいけない。「よし、俺が風を作ってやる!」と言い切れたあの日に、帰りたいけど帰れない?のか?。

2015年5月19日火曜日

「命名」

数日前、帰宅したら「イモリ」が2匹家にいた。近所のお祭りで買ってきたんだそうだ。「イモリ」?、あまりなじみが無いような気がするのだが「イモリ」と聞いたので名前を付けてやった。メスは「みゆき」でオスは「ただし」だ。きのう家に帰ったら、一匹ずつ水槽に入っていて、名札がはってあった。「みゆき」と「ただし」。みゆきは分かるが、オスをなぜ「ただし」にしたのかわからない。ま、姿形を見て、「ただし」だと直感したのだろう、その時は。いもりみゆき、と いもりただし。いいいいカップルだ。

我が家の愛犬は「茶々丸子」という。動物病院に行って、名字から呼ばれると長い名前らしい。これも俺が命名した。茶々ならよくある名前。丸子がつくから良い。息子の名前も娘の名前も父親の命名だ。俺の名前だけなんで「典男」なんてせこい名前だよ。生まれた時、近所に「のりこ」という男勝りの女の子が居て、みんなが「男ならよかったのに」と言っていたので「典男」にした、と聞いたことがある。いいかげん!

アズ クリエーションという社名を決めるときには結構時間を要した。AZだからA~Z。ひらがなで言えば あ~ん だ。全部という意味だから、欲張りな名前、という事だが。ペンネームとしてもいろんな名前を名乗った。ほとんどいい加減。「恵方道三(えがたどうさん)」という名前もあった。根拠?「A型父さん」だ。いいかげん!

藤原典男以外に「アズ クリエーション」の名前が一番長くなった。時々パーティーなどで隣席になった方に名刺を差し出すと、「お名前は伺っています」と言われることも多くなった。「アズ クリエーション」という社名は気に入っている。「典男」はどうかね。もう少し、垢抜けた名前は付けられなかったものかね。猿之助とか桃太郎とか牛若丸とかさ。

2015年5月11日月曜日

「今を生きる」

北国では「桜の花」の次は「リンゴの花」という。リンゴの花?思い出せないのだ。リンゴの記憶は、すでに青いリンゴになっていて、それに「袋」を被せる作業は知っている。そして赤く色づく。当時はほとんどリンゴと言えば「紅玉」だった。その紅玉を「まんこ」と呼ぶ(笑)。「まんこりんご」が正しいのかもしれないが、おばさんたちが「まんこ、まんこ」と言うのだ。イントネーションはこれを読んだ人の想像に任せるとしよう。

言いたいのは、「リンゴの花」の記憶がないこと。リンゴは実って初めて「リンゴ」だと思っていたんだろうな・・・子供のころは。遠い記憶だけれど・・・

話は跳ぶが、今度の旅の飛行機のトイレが「ウォシュレット」だった!初めての経験。見つけた時はうれしかったよ!(笑)飛行機の便器に腰掛けながら、時代の変遷を思ったわけさ。で、なぜだかリンゴの花を思い出したりして・・・

この頃なぜか、「生きる」ということを考えてしまう。来月が誕生日で、上京してから50年目という事実に接しているからだと思う。「生きがい」とか「生きる」とか「充実」だとか、さまざまな思いが押し寄せてくる。2,3日前作曲家の「三木たかし」さんの7回忌に出席したが、享年64だと今更知った。今の俺の歳か・・・などと思ったりもする。

「何れ」とか「今度」とか「余裕が出来たら」とかを、禁句にしたい。「早速」とか「今」とか「やっちゃおう!」とか、「すぐに」「任せとけ!」とか、そんな言葉を枕詞にしたいね。

これを書いている途中でSMSメッセージが入った。「昨日、娘の○○が亡くなりました・・・」。そうだよ、「今を生きる」、それが大切なんだよ。

2015年5月6日水曜日

「ちょっぴり激怒」

目的地の駅に着いたのにドアが開かない。ボタンを押すのかと思って「開」のボタンを押したのだが関係ないらしい。駅員がそばに見えたので中から窓をどんどん叩いたのだが、彼はちらっと見て知らんふり。後ろに並んでいた他の客は別のドアへ。社内にはなんの案内もない。普通ではないことに気づきしばらく待つことに。しかし何の案内もない。そしてようやく「踏切があるため電車はバックできません」???「バックできないためこのまま出発します。次の駅で降りて登り線にお乗り換えください」・・・ ・・・何のこと???ドアは開かず、目的地で降りられずそのまま電車は走り出した。

日本人は本当におとなしい。後ろに並んでいた客は何も言わない。いや、状況がみなわかっていないのだ。電車が走りだして社内放送が。「踏切があるため・・・バックできなかったため・・・」云々。これ、説明になっているか?心のない「ご迷惑をおかけしました」の車内放送。戻る電車の案内もない。そればかりか、次の駅が終着なのだが、その先の乗り換えの案内をしている。「こいつ!馬鹿か!」藤原の小さなハートはふつふつと怒りモードに。

で、次の駅に着いたて降りたのだが、どの電車で戻るのかすぐホームで案内もない。ここで「切れた」。一目散に改札の駅員たまり場に向かう。「戻る電車の案内もない!何番線の電車で戻れというのか!」マスクをしたまま若い駅員が「すみません」の連発。「そんなことはどうでもいい!なぜ案内が無いのか!!!」と窓口を叩きながら抗議。戻る電車を聞き出し、「乗って来た電車の車掌は失礼だ!」とかなんとか言って戻る電車が待つ隣のホームへ。ぎりぎり飛び乗った。

いや~久々に切れたよ。しかし、状況説明の出来ないあの車掌、現場から外して研修させるべきだね。因みに電車はJRの湘南新宿ラインだ。結局、運転士は停止ラインをオーバーして停まり、車掌はあたふたするだけで状況説明もできなかった、という事だろうか。ちゃんと案内があれば、藤原、切れたりすることは無かったのにね。仏の藤原だもの(笑)

さて、そうして大型連休も終わる。今日は夕方の打合わせに向けてゆっくり出社予定だったのだが「午前中に打ち合わせをしたい」というメールに「ゆっくり」は叶わぬことに。だが、藤原はそんなことで怒ることもない。だって、仏様のような人なんだもの。

2015年5月2日土曜日

「吉方位」

ブログを始めたころ、あまり個人名を出さない配慮をしていたと思う。誰と会おうがそんなこと人に告げる必要もないし・・・という思いだった。最近、個人名を書くようになった。誰と会った、とか誰と仕事をした、とか。理由?ブログに「記録」という意思を持ち始めたからだ。まさに「日記」のように。なぜ?「忘れる」からだ。あれ~いつのことだっけ・・・で自分のブログを見直す。結構便利(笑)

今日、取材のため練馬方面の「石神井公園駅」という場所に向かった。運転しながら考えた。自分がこっち方面に住む、という可能性はあっただろうか・・・
もう50年ほどだが、上京した時から、なぜか住むなら「山手線」の中、と決めていた気がする。上京してすぐに住んだのが「国分寺」という郊外だった。田んぼや畑があるような。北区の「東十条」という街で暗く暮らしていた頃、山手線の外は「灰色」に感じて好きになれなかった。そしてかれこれ40年近く、山手線の中に住んでいる。取材場所に向かう少しの間、そんなことを考えていた。

周囲にやたらと50周年という人が多い。なぜか今年が特に多い気がする。作詞家も作曲家も。で俺も上京50周年だ。自分の暮らしを「ありがたい」と思うことが多くなってきた。そう、こうしていられることが「ありがたい」という感覚になって来たのだ。やれやれ、歳のせいか?

話は跳ぶが、藤原の「今年の大開運吉方位」という日が4日間あって、3日間は仕事でどこにも出かけれれなかった。そして最後のチャンスが5月5日なのだそうだ。気分の問題だから、5日は吉方位とされている方角に出かけるとするか。「何処」を決めるにはまだ2日ほど時間がある。さて、1日ゆっくり時間を取って、出かけるとするか。きっと開運に恵まれる!山手線の中の様に。(笑)